「契約したいと思う少年がいれば、夜中に飛び起きて、300マイル(約480km)離れた場所に足を運ぶことも辞さなかった」
そんな情熱をもっていた「ファーガソン監督」。サッカー、イングランド・プレミアリーグの「マンチェスター・ユナイテッド」の名伯楽である。
11歳の少年だった「ベッカム」も、ファーガソン監督に拾い上げられた「ファーギーのヒナ鳥」の一人である。
「ボスは、私が師事したなかで史上最高の監督だっただけでなく、11歳で入団した瞬間からクラブを去る日まで、ずっと父親のような存在だった」と、ベッカムは語る。
「彼は全員の面倒を見て、みんなの誕生日を覚えていて、選手の親の家を回ったんだ」
日本人初のプレミアリーグ・プレーヤーという名誉を頂いた「香川真司」もまた、ファーガソン監督に見初められた一人である。
「マンチェスター・ユナイテッドほど、未開の才能をもつ若者を一流プレーヤーに育て上げる伝統が染み付いているクラブは他にない(Financial Times)」
その伝統は取りも直さず、ファーガソン監督その人が引き継ぎ、さらに強化した伝統でもあった。
「71歳のファーガソン監督は、1986年からマンチェスター・ユナイテッドの指揮を執り、26年間でプレミアリーグ優勝13回、欧州CL(チャンピオンズ・リーグ)制覇2回を含め、クラブで計38個の主要タイトルを獲得した(AFP通信)」
四半世紀以上にもわたり、同じチームを率いた監督は前例がない。
「27年シーズン目という政権の長さは、驚きを超えて、ある種、異様な印象さえ与える(Number誌)」
「戦争に勝つ最善の方法は、トップの大将を狙うことだ」
ファーガソン監督は、敵方の選手たちよりも、その監督に狙いを定めることも少なくなかった。そして、その心理戦において「戦う前に勝つ」ことも。
「ファーガソン監督は勝負事に取り憑かれたようにこだわっており、一種の戦争状態を創り出していくことには実に巧みであった(Number誌)」
「私が満足していない時は、ロッカールームが『色で染められたようになる』。それで選手たちも直ちに気がつくわけだ。私が一つのこと、勝つことしか考えていないのを」とファーガソン監督は語る。
異例の長期政権を率いたにも関わらず、ファーガソン監督の頭はじつに柔らかかった。
「同じコーチング・スタッフと戦術コンセプトに縛られず、ファーガソン監督はアシスタント・コーチを定期的に入れ替えてきたし、戦術をアップデートするのも忘れなかった(Number誌)」
ユース育成システムを整備し、ベッカムなどの若手を育てることに熱心だったからこそ、長期政権における弱みとなるはずだった世代交代を成功させることができたのであった。
「若手の育成はずっと続けている」とファーガソン監督。今は39歳のライアン・ギグス、38歳のポール・スコールだって、「ここに来た時は、まだ14歳にもなっていなかった」。
「その年齢ならば、上手く育てるのは容易だ」と監督は語る。
「たとえば、グレバリーは14歳でここにやって来たが、線がとても細かった。だから時間をかけてトレーニングし、十分な身体を作り上げていった。すべてが整ったのは、23歳になった時だ」
若い選手が育つのには、時間がかかる。そして、その時間はファーガソン監督には十分にあった。マンチェスター・ユナイテッドで心からプレーしたいと思う選手を、彼が邪険にすることは決してなかったという。
「この27年というもの、私は練習場のあらゆる片隅にまで、私の存在感、私の求めるものを染み込ませてきた」
そう話すファーガソン監督は、「多くのクラブが、監督を簡単に替えすぎる」と指摘する。
チームは「同じ価値観」を共有しなくてはならない。そのためにはディシプリン(規律)が求められる。たとえ選手が入れ替わっても、チームが伝統的な強さを保つために。
そのの極太の背骨であったファーガソン監督。
「いまが潮時だ」
そう言って、ついに引退を口にした。
「できるだけ最高のチームを残すことが、私にとって重要なことで、それができたと思っている」
昨季、マンチェスター・ユナイテッドは、最後の最後で涙を飲まされた。
「昨季の最終戦、われわれは20秒間だけチャンピオンだった」
ファーガソン監督がそう言う通り、その20秒後には、まさかまさか、マンチェスター・シティが同点ゴール、逆転ゴールと立て続けにゴールを奪い(QPG戦)、マンチェスター・ユナイテッドの王座をひっくり返した。
そして今季、ファーガソン監督はその王座を奪還することに成功している。4月22日に、早々とプレミアリーグの制覇を確定。
「Always Champion!(いつも勝つのは、オレたちさ!)」
サポーターたちは、気勢を上げた。今季の「赤い悪魔」は、イングランド国内において圧倒的な強さを誇り、通算優勝回数を20にまで伸ばした。
「優勝は何度味わってもいい」、ドイツ・ドルトムントから数えて3季連続で欧州リーグを制覇するという名誉を味わった香川真司は、そう喜んだ。
栄冠と喜びは取り戻した。だが、その後に発表された名将ファーガソンの退任は、そのムードを一気に変えた。
「寝耳の水で、どう受け止めたらいいのか分からない。昨日までは今季の成功の喜びを感じていたのに、今は落胆しているし、とても寂しい」
マンチェスー・ユナイテッドのGK(ゴールキーパー)、ピーター・シュマイケルは、そう語った。
「あれほどの人物は二度と出てこないだろう…」
ファーガソン監督のいないプレミア・リーグ。それは想像し難い。それはここ四半世紀以上、なかったことであるのだから…。
「いろいろありがとう、ボス」
かつてのチームメイト、クリスティアーノ・ロナウドは、自身のツイッター上で、そうつぶやいた…。
(了)
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ソース:Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2013年 5/9号 [雑誌]
「栄光を作り、伝統を守る術 ファーガソン&マンチェスー・ユナイテッド」
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