2013年5月21日火曜日

怪我とクレーコート。クルム伊達公子 [テニス]




「若い若いと言われている時期なんか、あっという間。22歳くらいになったら、もう若いとはいえない世界ですから」

テニスの「クルム伊達公子(だて・きみこ)」、当年42歳。なおも現役。

「若さの特権である思い切りの良さや勢いが失われても勝負できるものを、それまでに身につけておかないと生き抜いていけない、ということですよね」



「ただ、どうしても邪魔をするのがケガ。年とともに、ケガをする確率は高まるし…」

昨年の伊達は、ケガに苦しみ、結果がついてこなかった。

「たとえば練習の時でも、若いときは10分前にコートに行って、ちょっと身体を動かせばすぐに打てたけど、今は30分前にはコートに行って、ジョグからじっくりアップを始めます」







テニスのコートというのは、「クレー」や「ハード」、「芝」など何種類かあるが、伊達の苦手とするのは「クレー・コート」であった。

「今年は、クレーの大会を極力少なくしようと考えていました。苦手だし、毎年クレーでケガをして、残りのヨーロッパ・シーズンを無駄にしてしまうので」

クレーとは、いわゆる「土(clay)」。土質材料を固めた地面に砂をまいたサーフェスのこと。どうしても足が滑りやすく、クレー特有のフットワーク技術が求められる。



バルセロナ(スペイン)で行われた女子国別対抗戦「フェドカップ」

「この3年で、日本はアジア・オセアニアグループからワールドグループⅡを経て、上位8チームだけのワールドグループまで昇格していた(Number誌)」

だが今回のコートは、伊達に限らず日本人選手たちが総じて苦手とする「レッド・クレー(赤土)」であった。



2月に行われたワールドグループ1回戦で、日本はロシアに敗退。

「初日のマリア・キリレンコ戦でアキレス腱を痛めた伊達も、シングルス2試合に出場するものの、勝ち星をもたらすことができなかった(Number誌)」

そして、ワールドグループ残留をかけて戦うこととなったスペイン戦。

「発表されたメンバーの中に、伊達の名前はなかった(同誌)」



ロシア戦の敗退に責任を感じていた伊達。

スペイン戦を前に、チームみんなの前で謝罪していた。

「今回は私の力不足でした。ケガをして結果も出せなかったし、(クレーの)サーフェスが合わなくて、イライラしてチームに迷惑をかけてしまいました。すみませんでした」

そして、次のスペイン戦には出ない、と公言した。



「それを監督がどう受け取ったのかは分からないんですけど、私がそう言ったから外したのか、言われなくても外すつもりだったのか…」

いずれにせよ、伊達を欠いたスペイン戦、日本は0−4と完敗。来季のワールドグループ2部降格が決まってしまった…。



この大会を含め、これまで日本は敵地アウェーで7連敗。そのうちの5敗がクレー・コート。

「日本選手の多くが球足の遅いクレーを苦手としており、このサーフィスでは1年のうち数週間しか試合をしていない(Number誌)」

一方、地元スペインの選手たちは、泥臭くもたくましかった。彼女らはクレーで育ったのであり、その不規則なバウンドなど「そういうものだ」と割り切れていたかのようである。



思えば、今から17年前の1996年。

当時26歳だった伊達公子は、フェドカップという国の威信をかけた戦いの場において、当時の世界ランクNo.1の「シュテフィ・グラフ」と壮絶な死闘を演じていた。

それまでの伊達は過去6回、女王グラフと対戦して一度も勝ったことがなく、さらに悪いことには「左ヒザの靭帯」を伸ばしてしまっており、歩行にも支障をきたすほどの最悪のコンディションにあった。



試合前半は、大方の予想通り女王グラフが5ゲーム連取。手負いの伊達に圧勝かと思われた。

ところが後半、伊達がまさかの5ゲーム連取。タイに持ち込んだ。テーピングでぐるぐる巻きにした左ヒザをかばいながらも…。

3時間25分にも及んだ激闘の結果は、まさかまさかの伊達勝利! 大金星!



エース同士の一騎打ちを制した日本は、ドイツを3−2で撃破。

フェドカップ、ワールドグループでの準決勝進出は、32年ぶりの快挙であった。ちなみに大会会場となった日本・有明コロシアムのコートは、「セミハード・コート」であった。

ところが、この年の秋、伊達公子は突然ラケットを置き、引退。第一線から身を引いてしまう…。



あの名勝負から17年。

ふたたびラケットを握っている伊達は、現在42歳。まだまだフェドカップの舞台に立てるだけの実力を保持している。

「フェドカップに出るのは、責任もあって大変だけど、私はやっぱり嫌いじゃないんですよね、団体戦というものが」と伊達は言う。



「女は40代からですよ(笑)」

そう言って、笑う伊達。時代は流れ、社会の意識も女性の意識も大きく変わっている。

「今の40代なら、実質マイナス10歳の感覚でちょうどいいんじゃないですか。42歳は32歳!」



「20代の子たちには、まだ経験も見えているものも、きっと少ない。そう考えたら、年齢を重ねたほうが楽しいことも多いんじゃないかって思います」

「私は焦りどころか、逆に心に余裕が生まれたような気がします。それと度胸も(笑)」



今年(2013)4月に行われたモンテレイ(メキシコ)での、女子テニス・ツアー。

伊達は、シングルスで腰の不調から棄権を申し出たものの、ダブルスでは今季2度目となるツアー優勝を果たし、またまた世界を驚かせた。

現在、世界ランク77位(5月21日現在)。



次の大会はフランス、ストラスブール。得意の芝コート。

「パリには食べることだけを目的に行こうかと(笑)」

シングルスには出場せず、ダブルスのみに出場する予定である。



「どこで区切りをつけるかは、その場その場で自分の声を聞いていくしかないです。いま言えるのは、それだけですね」

やわらかな春の日差しの中、伊達はじつにサラリとしていた。

「そもそも負けることは、大嫌いなんだし(笑)」













(了)






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ソース:Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2013年 5/23号 [雑誌]
「女は40代からですよ クルム伊達公子」

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