2013年5月29日水曜日

巨人軍の名トレーナー「ハギさん」。心も体も柔らかく [野球]




巨人軍の「身体と心を揉みほぐして」27年

名トレーナー「萩原宏久(はぎわら・ひろひさ)」さん

「江川卓から阿部慎之助に至るまで、萩原さんの世話になっている(Number誌)」



穏やかな丸っこい温顔の萩原さんは、選手からもメディアからも親しみを込めて「ハギさん」と呼ばれていた。

「ハギさん」に電話をすれば、いつでもすぐに駆けつけてくれる。たとえ結婚記念日の料理に祝杯を上げているさなかでも。



その夜、ハギさんは清水隆行(当時:巨人軍選手)から電話がかかってきた。故障を抱えていたか、体調に不安があったか…。

「わかった。すぐ行く」

結婚記念日の食事を早々に切り上げたハギさんは、一路、清水選手の元へ駆けつけたという。

「『明日、朝一番で行くよ』と答えたとしても、十分感謝されただろう。だが、萩原さんはその日に駆けつけなければ気が済まない人だった(Number誌)」



1944年、終戦直前の東京に生まれたハギさん

高校時代は、甲子園を目指した熱血球児。名門・日大三高の三塁手として決勝にまでコマを進める。が、決勝で敗れ準優勝。

その後、母校・日大三高の監督に就任したハギさん。1971年の春のセンバツで見事、選手時代には果たせなかった「優勝の栄誉」を手にする。



「萩原さんが監督として優勝したのは26歳の時である。20代で『甲子園優勝監督』となれば、高校野球の世界では大きな勲章だ。名将の看板を下げたまま、長く活躍しても不思議ではない(Number誌)」

なのになぜか、ハギさんは優勝後、あっさりと監督を辞めてしまう。そして生涯の生業となる「プロ野球のトレーナー」になったのであった。



その転身の理由を、ハギさんはほとんど語ったことがない。妻・誠子(まさこ)さんは、「無口な人でしたから」と言いながら、ポツポツと微かな思い出を語る。

「なんですか、『ほかにもやりたい人がいたから』なんて言ってました」

「『怪我で苦労したり、大成できなかった子をたくさん見てきたから』と漏らしたのを聞いたこともあります」



鍼灸の学校で、一からスポーツ・マッサージを学んだハギさん。

「近鉄バッファローズのトレーナーを3年務めたあとジャイアンツに移り、1978年から定年で退く2005年まで、じつに27年にわたって巨人軍のトレーナーとして活躍した。その間、監督は延べ7人(Number誌)」



プロ野球のトレーナーには、身体を揉みほぐす手技に加え、心をほぐしてリラックスさせるような信頼関係も必要とされる。

選手のケガの具合がチームの浮沈にかかわることもあれば、時にプロ野球選手の身体の状態は「機密情報」ともなる。

「誰からも信頼される口の堅さ、ほどよい秘密主義を貫ける人でなければ、長くは務まらないだろう。温顔の萩原さんはそのサジ加減が絶妙だったのではないか(Number誌)」



定年で巨人のトレーナを退いたあと、ハギさんは自分で治療院をはじめた。だが、開業した場所も開業することさえも、チーム関係者には一切教えなかった。

「選手たちがチームのトレーナーを差し置いて、オレのところに来たら迷惑がかかるだろ」

ハギさんは、そんな男だった。いつもいつも他人のことばかりを思いやっていた。だからこそ、ジャイアンツの選手たちもハギさんには心を許したのかもしれない。



自身の治療院にはもちろん、元巨人軍トレーナーといった仰々しい看板は出さない。ただ一人黙々と、肩凝りや腰痛持ちの人たちと向き合い続けた。

「どんなに早くやっても、1日に8人を相手にするのが精一杯だったそうだ。決して割りのいい商売とはいえない。それでも今年2月、ガンで床につくまでは元気に仕事を続けていた(Number誌)」




そして今年3月、ハギさんはこの世を去った。

巨人・原監督は、「僕の若い頃、調子が悪かった時に『おまじないをかけてやる』と身体を見てくれた。不思議といい結果が出たことを覚えている」とハギさんの思い出を語った。

葬儀に参列できなかった長嶋名誉監督は、「ハギさんは腕も一流だったが、メンタル面でも一流だった」とのメッセージをわざわざ人づてに伝えたそうだ。



いくたの名監督、名選手に愛された丸顔のハギさん。

「長嶋さんや松井秀喜といっしょの写真を見せてもらったが、2人ともほかの写真にはないような『警戒心のない』表情をしていた(Number誌)」

きっと、ハギさんの手で、心も身体も揉みほぐしてもらったからなのだろう…






(了)






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ソース:Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2013年 6/13号 [雑誌]
「体と心をもみほぐして巨人軍を支えた名トレーナーの27年 萩原宏久」

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