2018年5月20日日曜日

「岩が砕けるまで、打ちつづけるしかないんだ」【ラグビー】


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Number(ナンバー)952号

近藤篤
スーパーラグビー見聞録
サンウルブズ 南半球 岩を砕く激闘





『スリーハンドレッド』って映画、見たことあります?」

「あります」





観たことのない人に簡単に説明すると、この映画はギリシアのスパルタに攻め込んできたペルシア軍の大軍を、わずか300人のスパルタ兵士たちが食い止めようとする話で、歴史上実際にあった「テルモピュライの闘い」というペルシア戦争中の史実をモチーフに制作されている。

映画全編を通じて、ものすごい数の兵士が血を噴きあげながら命を落とし、最後はその300人のスパルタ兵士も1人を残し全員が惨殺される。





「ぼくは、あの300人にちかい感覚で戦っています。毎回、とんでもない相手に戦いを挑んで。…今のところ、ペルシアの王様の頬にかすり傷すらつけられていないことは事実なんですけど、ほらやっぱり勝てないじゃん、って周りの人にさらっと言われると、なんかわかってもらえてないなあ、ってちょっとだけ思ったりもします(ラグビー、サンウルブズ、浅原)」





ハリケーンズの広報部長と一瞬目が合ったので、握手の手をさしのべると、彼は微笑みながら、こんな単語を口にした。

「ペイシェンス」

忍耐?

「そう、君たちにはペイシェンスが必要だ。そうすれば、いつかサンウルブズもハリケーンズのようになれるさ」

ハリケーンズはチームの創立が1996年、初優勝は2016年、つまり優勝までに実に20年の歳月を費やした。サンウルブズは創立してまだ3年足らず。





選手が全員ロッカールームに戻ってくると、まずジェレミー・ジョセフHCが口を開き簡単な挨拶をする。

「今日の君たちを自分は誇りに思う」

そう選手たちを褒め称えた後、ジェレミーはこう付け加えた。

「とにかくこうやって、岩が砕けるまで拳を打ち続けるしかないんだ」

そう彼らは岩に向かってひたすら拳を叩き込んでくる。そして誰もが知ってるように、岩というものはとても硬く、そしてそう簡単には砕けない。とくにニュージーランドの岩は。





「うまくいってる時、人は自分のやっていることを信じ続けられる。でも、うまくいかないときでも信じ続けられるかどうか、それが本当に大事なことだし、皆には今やっていることを信じ続けていってほしい。そうすれば、絶対に結果はついてくるから」

なんという素敵な言葉だろう。この南アフリカ出身の、まるで精巧なロボットのような肉体をもつ心優しい男は、こう続けて、手にもった缶ビールを一気に飲み干した。







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近藤篤
スーパーラグビー見聞録
サンウルブズ 南半球 岩を砕く激闘

2018年5月8日火曜日

「ああ、邪念か」【村田諒太】


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多読から、一読へ。

イタリアから挑戦者エマヌエーレ・ブランダムラをむかえる初防衛戦をまえに、村田諒太(むらた・りょうた)は最終調整で数日すごすことになる都内のホテルに、一冊の本を持ちこんでいた。





心理学者ビクトール・フランクルの『夜と霧』

第二次世界大戦中、ナチスの強制収容所での体験を基に、生きる意味をしるしたフランクルの代表作である。

村田は”戦場”へむかうまえに、なぜ読みこんできたこの本をバッグに忍ばせたのか――。


読書家は、こう応じた。

「その本について、なにを見ようとしているのか、が人にはあって、いまの自分にとって必要な箇所というものを見るわけです。読者である自分の心理がかわれば、読むところ、心にふれるところが変わってくる」


彼が必要とした箇所は、

「苦しむことへの意味」

フランクルがさまざまな本で、記してきた問いかけでもある。

《今までのうのうと生きてきた私たちにとって、自分の内面がどうこうと窺い知ることはできなかった。だから私はこのひどい運命に感謝している》





村田諒太「心のどこかで、試合なんかしたくない、という気持ちだってありましたよ。そういう弱い自分とむきあう時間があって、だからこそ苦しみもふくめてボクシングなんだ、と。よくスポーツの世界では、”楽しめ”とか言うじゃないですか。それができればいいですけど、無理に楽しむ必要もないなって」



リングには素のままの村田諒太がいた。

「もうすぐ始まるし、もうすぐ終わる」

と、なるようにしかならないぐらいの、達観にちかい不思議な感覚につつまれていた。

明鏡止水の心もち。





テーマの一つにしていたのが、

「邪念とのたたかい」

だった。



試合にむけ、ことあるごとに「邪念」というフレーズを口にしては、おのれの心の支配下におこうとしていた。これは帝拳プロモーションの代表で、元世界王者の浜田剛史氏からうけた言葉だという。

「試合にむけたスパーリングって、はじめの2週間はいいんですけど、かならずといっていいほど3週目に悪くなる。最初は、疲れかなと思っていたんですけど、浜田さんに言ったら

『ああ、邪念か』

と。なるほど、2週目で感覚をつかんで、3週目でいろんなことをやってやろうと思うから、くずれてしまう」


ただ、その「邪念」を抑えようとはしない。むしろ受け入れて、コントロールしていく。

「だって、それ(邪念)がなかったら、チャレンジしなかったら、成功も失敗もないじゃないですか。ダメな時期にはなりますけど、そのうえでの成長がある」



苦しみを受け入れて、苦しみと向き合う。

邪念を受け入れて、邪念と向き合う。

宿命を受け入れて、宿命と向き合う。



村田は言う。

「最近、思うようなったのは、アスリートとしてリスペクトされるアイコンでなければならない、ということ。挑戦する姿を、人は見ていますから」






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ICHIRO BACK TO MARINERS 2018

「アメリカには美しくデザインされたものが3つある」


話:芝山幹郎



黒人作家のジェラルド・アーリーの言葉に

「アメリカには美しくデザインされたものが3つある。

 合衆国憲法

 ジャズ

 そしてベースボールだ」

というのがあるんです。うまいこと言うな、と。



アメリカのバカバカしさと、スポーツのそれって、シンクロすると思います。極端に言うと、アメリカ人には

「俺たちは世界で一番ケンカが強くて

 世界で一番大きな声でしゃべって

 世界で一番長くファックする」

と自慢するところがある。そのバカバカしさを受け継いでいるのが、この映画です。


――大の大人がドッジボールというのが、まず笑ってしまいます。日本では小学生がよくやるスポーツというイメージですけど、大人がやると結構あぶない。


そうなんです。それで「ボールを投げるときは手や足を狙え」ならいいですけど、いきなり「股間をねらえ!」ですから(笑)。







『アイ・トーニャ』には名セリフがあって、母親が彼女に

「バカとファックしてもいいけど、バカと結婚してはダメよ」

と言うんです。ビッチ映画としても秀逸です。







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2018年5月6日日曜日

「挑戦とは、自らが変わること」【榎本達也】




榎本達也(えのもと・たつや)は、サッカーが大好きでたまらない子どもたちと日々接する。そして、子どもたちに語りかけている最も大事な言葉によって、自分の言動不一致に気づいてしまった。

「いいかい、常にチャレンジしよう。そこで成功するか、失敗するか。成功も失敗もなかったら、何もわからない。だからチャレンジしような。失敗なんて、いくらしてもいい。常にチャレンジしてごらん――」



挑戦とは

自らが変わること

まわりを変えていくこと





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ICHIRO BACK TO MARINERS 2018

「風以前に、私たちの身体が揺れています」【アーチェリー】




狙いを定めて、矢をはなつ。

そのルーツは旧石器時代の狩猟といわれるだけあって、アーチェリーは野性味をおびた競技である。矢の速度は時速200kmを超え、フライパンをも突き通すという。



柳田光蔵さん(82歳)
一江さん(81歳)

おふたりは年齢別ランキングでトップクラスのアーチャー。一江さんはこの世界で「レジェンド」と呼ばれている。



――風向きとか考えますか?

素人の浅知恵でたずねると、光蔵さんが一蹴した。

「風以前に、私たちは身体が揺れています。だから、自分の揺れ方のコツをつかんでおかないといけません」

そう言って彼は、指で曲線をえがいた。構えたときに矢の先が描く曲線。光蔵さんの場合はフラクタルな曲線で、「これが下から上にあがる瞬間に、放すんです」とのこと。

一江さんのほうは円をえがくそうで、一周した瞬間に放すらしい。放す瞬間を探りつづけることが、アーチェリーの醍醐味なのだという。大切なのは己を知るということ。震えるなら震えを正確にとらえるのがアーチェリーなのだ。

一江さんがつづける。

「アーチェリーはすべて自分の責任です。当たっても自分、外れても自分。人のせいにすることがないから、精神衛生上とてもいいんです」



「アーチェリーは自己責任ですけど、自己責任だからこその絆があるんです」

大会では、弓の部品が壊れるなどのトラブルも発生する。矢を射る制限時間があるので、リタイアを余儀なくされるのだが、仲間たちがすぐさま駆け寄り、その場で修理してくれたりする。一江さんも助けられたことがあり、「感動して涙がでた」そうだ。

「われわれ夫婦にとってもアーチェリーは『芯』ですね」



一江さんはアーチェリーの基本姿勢を力説する。

「とにかく胸を張って、腕をひろげる。社交ダンスと同じです。ダンスも前のめりはダメでしょ? 人生は何事もそうだと思う。胸を張って歩かなくちゃ、ね。自分ばかりが前のめりになっちゃダメ。それじゃ狙いを外してしまいますから」





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New Day【上原浩治】




そういえば、上原浩治がレッドソックス時代に、大切にしていた言葉があった。

New Day

たとえ打たれたとしても、新しい日がきたら、気分を切りかえよう。もしも前夜に、見事な投球で相手を抑えたとしても、それに慢心せず、新しい気分で一日をむかえよう。





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2018年5月3日木曜日

「年齢なんて、ただの数字さ」【イチロー】


Messages to Ichiro




フリオ・フランコ
Julio Franco

「試合に出ているときは、自分が(最年長)記録を更新する、なんて考えない。まわりが何歳での記録だ、と教えてくれるだけ。(最年長)ホームランを打ったときも、ベンチでチームメイトが教えてくれるまで知らなかったんだよ。

イチローは44歳か? 十分にやれる年齢だ。

年齢なんて、ただの数字さ。」




エドガー・マルティネス
Edgar Martinez

「また彼(イチロー)の美しいスイングを毎日見られることが嬉しいよ。芸術だからね。身体の全パーツがメカニカルに連動している。

多くの選手のスイングはところどころ連動できていないけど、彼の場合はバットを構えて打つ動作にはいる瞬間から、流れるようにインパクト、フォローまでつながっている。余計な動作はすべてなくて、スムーズでシンプル。完璧だよ」



マイク・リーク
Mike Leake

「はじめてイチローの守備を見たとき、感動したんだ。捕球と同時に返球しているような動作の速さと正確さ。その時から、彼のプレーをできる限り見て、学ぼうとしてきた。

捕球する瞬間、すでに投げる構えにはいっている。身体のねじり、車輪のような腕の使い方、すべての関節の動きが効率的。イチローの Crow Hop (クローホップ)は最高だよ!」

※クローホップ……外野手がフライ捕球後、内野にすばやく返球するときのステップのこと。カラスが地面を飛び跳ねて歩く動作に似ていることから、こう呼ばれている。




ディー・ゴードン
Dee Gordon

「イチローは、小さい身体でデカい奴らの世界で戦っていくことを教えてくれた。

ぼくらが戦っている時代は、振しろとか、打ち出し角度重視、と常に言われていて、みんな Slugger (長打者)で、Pure Hitter (好打者)が死語になった気がしてるんだ。

どんな打者になったらいいかわからなくて、『俺、170パウンド(77kg)なのにマジでホームラン狙わなきゃなんないの?』って悩んでいたんだ。でもイチローに聞いてみたら『それを目指しちゃいけない。自分自身になるように』と言ってくれたんだ。

そして実際、大きい選手のようにプレーしたり、それを目指さなくていいことを自分のプレーで示してくれた。イチローは、僕が僕自身であっても、彼のように成功できるんだと教えてくれたんだ」




田口壮

「僕はたいした選手じゃなかったので、どうすれば自分がこの世界で生き残れるかということだけを考え、いろんな策を練ってきました。でも彼(イチロー)は違うと思うんです。

成績なんて勝手についてくるから、自分のバッティングを確立する。打つこと、守ること、走ることに関して、ひたすら自分のスタイルを磨いていく。そんなふうに映っていました。そこを求めていけば大丈夫だという信念みたいなものを感じました。

ただ、やはりもっと知ってほしいのは、毎日の彼(イチロー)のルーティンや、どれだけ練習しているか、若い頃にどれだけやっていたかということ。

たとえば、イチローがオリックスでレギュラーを獲りにいく前後の時期は、一軍のナイターに出て寮に帰って、夜中の12時頃からバッティング練習を1~2時間、そのあとウエイトトレーニングをして、寝るのは3時か4時という毎日でした」




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ICHIRO BACK TO MARINERS 2018