2013年5月15日水曜日

素振りの先にある未来。中田翔 [野球]




ケタ外れに速い「スイング・スピード」

他を圧倒する飛距離



「中田翔(なかた・しょう)」のロングティー(フリー打撃)は軽く120mは飛び、ポンポンとスタンドでボールが弾んでいる。

周囲からは溜息がもれる。「遠くに飛ばす」という才能は、誰もが持つものではない。



「小さいときから、人より遠くに飛ばせていました。身体も周りより一回りも大きかったですし、遠くに飛ばすのが楽しくて」

その結果が今の飛距離だ、と中田は言う。その長距離ヒッターとしての中田を支えているのが、破格のスイング・スピードだ。

「日本を代表する打者がそろったWBC侍ジャパンの打線の中でも、中田のスイング・スピードの速さは群を抜くものがあった(Number誌)」



中田は鏡の前で、ひたすらバットを振る。

「僕はマシンなんか、一切打たないんです」

バッティング・マシンではなく、「素振り」、それに専念するのだという。

「子供の頃から、ずっとそうやってきたし、それ(素振り)が基本だと思ってますから」と中田。



札幌の自宅には、「だた素振りをするためだけの部屋」があるという。

中田は札幌ドームでの試合から帰ると、まずはその部屋に直行。鏡の前で一心不乱にバットを振るのが日課となっている。

「振らない日はないです。スイング(素振り)だけは毎日、欠かさずやっています」と中田。「状態が良ければ30スイングぐらいで終わる時もあります。逆に納得がいかなければ、1時間、2時間と振り続けることもあります」。



元ニューヨーク・ヤンキースの松井秀喜も、決して素振りを軽んじなかった男の一人だ。彼は素振りをこう語っている。

「マシンとかフリー打撃では、どうしてもバットをボールに当てることに何%かの神経を奪われてしまう。自分のスイングにテーマを持ってチェックするためには、素振りの方が集中できるし、得られる効果も大きいんです」

松井の素振りを、目をつぶって聞いていたという長嶋茂雄監督。バットが空を切る音に、耳を澄ましていた。



「僕もそうですね」と中田。「スイングしている人は、共通して『音』だと思うんです」

自分のスイングを「聞く」。ボールを捕らえるべきポイントで、しっかり音が鳴っているかどうか?

それを繰り返すうちに、中田はあのケタ外れのスイング・スピードにまで達したのだという。



プロ入り5年めの昨年、日本ハムの中田翔は144試合全試合に出場。24本のホームランを放った。だが、打率は2割3分9厘と、決して満足できるものではなかった。

「スイングはとてつもなく速い。遠くにも飛ばせる。だが、確実性が低い(Number誌)」

「彼はスイング・スピードが半端なく速いけど、今はそれだけなんです」とWBCの打撃コーチ・立浪和義は厳しい。



「『割り』が作れたときは、いいバッティングができる」

立浪の言う「割り」とは、足を踏み出す瞬間に作られる「間」。弓を絞り切ったギリギリの状態。

「だが、身体がピッチャー側に傾いてしまう中田は、絞り切れる前にピッチャー方向に身体が動いてしまう悪癖がある(Number誌)」



中田自身も、この悪癖を自覚している。

「あくまで感覚ですけど、足を上げたら軸足に乗ってそのまま、その場所で回る。で、腰をバーンと回したいんです」と中田は理想のバッティングを語る。

それができれば、自然と「割り」もでき、ボールも効率良く捕らえられるはずなのだ。



WBCの練習の際、立浪コーチは中田に、足を上げない「すり足」をアドバイスした。

「すり足を取り入れたお陰で、軸のブレが少なくなりました」と中田。「だから以前に比べると、足を上げても自然と『割り』を作る感覚が出てきましたね」

その形を、今は素振りで確認しながら固めている最中だという。



中田は特別な才能を持っている。

「だが、まだそのあり余る才能を生かしきれていない(Number誌)」

中田翔はまだまだ、こんなもんじゃあ、ないはずだ。



中田を究極の形を、こう描く。

「最終的には、子供の頃にいきなりバットを持ったような楽なフォーム。極端に言えば、『ただ突っ立って、バットも肩に置いているような、まったく力の入っていないフォーム』に近づけたいなと思っています」

理屈ではない、理論でもない。

特別な才能をもっていた長嶋茂雄は、かつて「来た球を打つ」と言っていた。普通の打者は「来た球」を上手く打てないからいろいろ工夫する。だが、そうした工夫のいらない選手には、理論も必要なくなるのである。



中田翔はこれからも、一人毎日、鏡の前でバットを振り続ける。

ひたすらバットを振り続けたその先にあるのは…。

中田にはもう見えているのだろうか、部屋に響くそのスイングの音が、ひと振り一振り、確実に未来を引き寄せているということを…!








(了)






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ソース:Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2013年 5/23号 [雑誌]
「破格のスイングが開く未来 中田翔」

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