2013年3月31日日曜日

知的にして調和的。女子ジャンパー「高梨沙羅」16歳



「あっという間でした」

少し笑顔を見せた「高梨沙羅(たかなし・さら)」は、今シーズンのスキージャンプW杯をそう振り返った。

「成績がよくないと、いろいろ考えてしまう時間が長く感じるけど、今季は自分でもビックリするくらいのシーズンでした」



彼女ばかりではない。世界中が「ビックリ」した。

まさか、高校一年生、16歳の小柄な少女が、スキージャンプW杯を制してしまうとは…。



圧倒的な強さだった。

W杯16戦中、優勝8回(勝率50%!)。「表彰台に上らなかったのは、わずか3度のみ(Number誌)」。

あと2戦を残した段階で、早々にW杯総合優勝を確定させた高梨沙羅。日本人の女子選手として初の快挙であり、W杯(FIS)史上においても最年少記録であった(16歳4ヶ月)。



152cmという高梨の身長は、並み居る外国人選手たちに比すると、ひときわ小柄である。表彰台の一番高いところに立っていても、頭が上に出てこない。

そんな少女のジャンプは「次元が違った」。

ポンと踏み切ると、長い長い滞空時間の末、誰も届かなほど遠くへと飛んでいってしまう。飛びすぎてテレマーク(最終姿勢)が入れられないほどに…。



高梨沙羅の故郷は、北海道上川町。そこは大ジャンパー原田雅彦(長野五輪・金メダリスト)の出身地でもある。

そんなジャンプの町に生まれた高梨は、小学2年生の頃からジャンプを始めた。

「鳥みたいに飛ぶのが楽しくて」



小学校高学年にして、はやナショナルチームの合宿に参加するようになった高梨。

中学2年の時に大倉山で見せた大ジャンプ(141m)は、明らかにその後に女王となる片鱗であった。それは女子選手としてのバッケンレコード(最長不倒距離)であり、男子選手のそれ(146m)に今一歩と迫るものであった。



その翌年、中学3年生にして参戦したW杯は、最終戦の蔵王で初優勝を飾り、総合3位に。

それは、今シーズンの総合優勝にまでつながる快進撃の咆哮であった。



高梨沙羅の「技術の高さ」は折り紙つきだ。

「低い姿勢でしっかりスキー板に乗って助走できるから、身体は小さくても大きい選手に負けないスピードが出せる」

渡瀬弥太郎(ナショナルチーム・前チーフコーチ)氏は、そう話す。体操をやっていたという高梨は、その柔軟性から動きの幅も極端に深い。



今季、印象的だったのは彼女の「立ち直りの早さ」である。

2月2、3日に行われた札幌でのW杯2連戦、高梨は12位と5位に沈んでしまっていた(故郷・北海道での大会だけに、いつもとは違う何かがあったのだろうか…)。

しかし、その翌週に行われた山形蔵王での2連戦では、なんと2連勝。



「基本をずっと頭に置いて練習してきたので、ちょっと悪くなったら、基本に戻ればいいということです」

あっという間の復調を、高梨本人はサラッとそう言ってのけた。

どうやら彼女には、「こうすれば飛べる」といつでも立ち戻れる場所がすでに築けているようである。



頭でわかって身体ですぐ出来るのは、彼女の身体能力の高さであり、それと同時に「頭の良さ」でもあろう。

実際、彼女は学力的にも頭が良い。高校一年生(16歳)にしてすでに、大学を受験する資格をもう持っている。

というのは、インターナショナルスクール(グレースマウンテン・旭川市)に入学した彼女、わずか4ヶ月で「高校を卒業した者と同等」と認定されてしまったのだ(高校卒業程度認定)。



「朝5時半に家を出て始発電車に乗って、電車の中で勉強したり、一日に11時間くらい勉強していました」と高梨はサラッと言う。

インターナショナルスクールに入ったのは、今後の海外遠征を睨んだものであり、早々に学力を高めたのは、競技に集中できる時間をできるだけ確保してしまうためであった。



移動中の機内や遠征先でも「本」を読んでいることも多いという高梨。スキーをはかなければ、じつは物静かな少女の一人なのである。

「カメラを向けられると逃げたくなるような根暗な性格なんです(笑)」

そう言って、高梨は笑う。



しかし、もうカメラからは逃げられない。

競技の前後を問わず、多くのテレビカメラが高梨を執拗に追い回す。出入国の空港でも、常に多くの取材陣が待ち伏せをしている。

「大会前は気持ちも入っているし、大切な練習は邪魔されたくないんですけど…」



それでも、彼女がテレビや新聞の取材を厭うことはなかった。

「(女子スキージャンプは)まだまだメジャーなスポーツじゃないと思うので、もっと発展させていくためには、メディアの力を借りないと…。だから記者会見や囲み取材はキチンと受けなきゃいけないと思います」

なんと知的な回答であろうか。



頭の回る彼女は、ひとこと苦言も呈す。

「空港であんまりカメラがあると、人が溜まって他の利用客に迷惑だと思います」

彼女は人一倍、周囲に気を遣っているのだ。



「どこかの局はカメラが3台、ほかの局は4台、5台と来ていることがありますが、そういう方法じゃなく、各局ごとに1台と決めてしまえば、あんなに人が溜まることはないと思うんですけど…」

彼女は折り目正しく、両手に膝をそろえたまま、そう話していた。じつに正しく、理路の通った論である。



自分よりも「周囲」に目を配る高梨沙羅。

大会に用いられるジャンプ台にしても、選手たちよりずっと朝早くから台を整備してくれている人々に思いを馳せる。

「自分もジャンプ台の整備を経験したことがあります。どれだけ大変なのか知っているので、そう感じるんです」



女子ジャンプという競技にしても、先人たちの労をねぎらう。

「女子ジャンプは、今まで先輩たちが土台を作ってくれて今があると思うんです」

たとえば、高梨の敬愛する女子ジャンパー「山田いずみ」は、この道のパイオニアであり現役時代は「女王」として君臨していた。今の彼女はテレビ解説などでお馴染みである。



そうした土台に感謝を感じながら、それを踏み台にして世界に雄飛した高梨沙羅。

彼女はいったい、どこまで飛んでいくのだろう…。

一年後のソチ五輪など、軽く飛び越えていきそうだ…!



(了)



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ソース:Number (ナンバー) WBC速報号 2013年 3/30号 [雑誌]
「1mでも先へ飛びたい 高梨沙羅」

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