WBC台湾戦のあと、山本監督はポツリと呟いた。
「負けていたら、どんでもない批判を浴びる采配だったな…」
それは9回2死という土壇場で、鳥谷敬(とりたに・たかし)に送った「盗塁のサイン」のことであった。
その時点で、2対3で台湾に負けていた日本。
もし、鳥谷の盗塁が失敗に終われば、即ゲームセット。
WBC3連覇の夢も、早々に絶たれるという実に際どいシーンであった。
それでも、鳥谷は勢い良くスタートを切った…!
井端和弘の打席の初球に、鳥谷は走ることを躊躇わなかったのだ。
「思い切って、腹を括って行っただけです」
試合後の鳥谷はそう語る。
結果的に、山本監督のギャンブルは大成功。
「決死の盗塁」で鳥谷が2塁に進んだおかげで、続く井端の放ったセンター前は、試合を振り出しに戻す「値千金のタイムリー」となった。
そして延長10回、中田翔の犠打(犠牲フライ)で一点を上げた日本は、ついに台湾を逆転。そのまま勝利につながった。
鳥谷の演出した9回土壇場での同点劇はまさに、「地獄の淵から日本を引き上げるビッグプレーだった(Number誌)」
その後も、鳥谷の「勢い」は衰えることがなかった。
「大事な場面で大仕事がきちんとできるのは『勢い』があるということ。それを活かさない手はない」
そう言っていた山本監督は、台湾戦で「勢い」を見せた鳥谷を一番バッターに抜擢。これまで坂本、長野、角中が務めた大役だった。
勝てばアメリカ行き(決勝ラウンド)が決まる大事な一戦。
その相手は、強豪キューバを倒して勝ち上がってきたオランダである。
一回、審判の右手が上がってから、わずか1分後。
オランダの先発ロビー・コルでマンスの2球目。
外角にスッと入ってきた速球を、鳥谷は迷いなく振り抜いた。
いきなりのホームラン。
それは「アメリカへの道を開く号砲」となった。
その後、日本の打撃陣からは6本のホームランが乱れ飛び、17安打16得点(毎回得点・7回コールド)という猛攻でオランダを撃破することになる。
「打線は…、いったい何が火を付けたんでしょうね(笑)」と田口壮は笑う。
先頭打者・鳥谷のホームランは実に大きかった。
それまでの戦いでは、貧打に喘いでいた日本。その鬱々とした黒雲を、鳥谷のホームランが吹き飛ばし、さらには大爆発の起爆剤となったのだから…!
じつは鳥谷。この時の本塁打が、今大会初ヒットであった。それまでの13打席は、ずっと彼自身も思い悩んでいたのである
「鳥谷のホームランが、みんなに勇気を与えてくれた」
試合後の会見で、山本監督はそう言って顔をほころばせていた。
山本監督自身、現役時代は名打者だった。
「打者出身の監督には、打者に対して独特の見方がある」と東尾投手コーチは語る。「これがよく当たるから不思議(笑)」。
「理由なんてないよ」
オランダ戦で鳥谷を一番に起用したのは、山本監督の「嗅覚」。そして、台湾戦で鳥谷の見せた「勢い」だった。
「まぁ、ずっと打者を見てきたからね」
アメリカでの決勝ラウンド、準決勝プエルトリコ戦。
この一戦で、鳥谷は「最後の勢い」を見せる。
無得点、3点ビハインドで迎えた8回の攻撃。逆転への狼煙を上げたのは、またしても鳥谷の思い切ったスイングだった。
起死回生の3塁打を放った鳥谷。その勢いは、続く井端和弘にタイムリーを放たせた。鳥谷は悠々とホームに帰り、スコアボードに「1」を刻む。
さらに、内川聖一がヒットで続き、同点のランナーが塁に立った。
しかし、「勢い」はここまでだった…。
ホームを踏めたのは鳥谷ばかりで、それに続く者はいなかった。
結局、日本は儚くもこの一戦で散るのであった…。
(了)
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ソース:Number (ナンバー) WBC速報号 2013年 3/30号 [雑誌]
「雄々しきプレリュード 鳥谷敬」
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