2013年1月29日火曜日

「もう一度滑りたい!」。まっさらな新鮮さに戻った上村愛子(モーグル)



彼女が初めてオリンピックに出たのは、まだ高校3年生のときだった。

女子モーグルスキーの「上村愛子(うえむら・あいこ)」は、そのときに出た長野オリンピック(1998)で見事「7位」という好成績を収める。

上村はその後のオリンピックにも毎回出場。2002年のソルトレイクでは「6位」、2006年のトリノでは「5位」と、着実に一つずつ順位を上げていった。



「必ず、メダルを!」

2010年、自身4度目となるバンクーバー五輪は、上村愛子にとっての集大成となるはずだった。

その準備も万端。'07-'08シーズンのワールドカップで上村は「年間総合女王」に輝き、続く'08-'09シーズンの世界選手権では「2冠」を達成していたのだ。







しかし…、バンクーバーの結果は「4位」…。

前回のオリンピックから順位は一つ上げたものの、メダルまではいま一歩であった…。



4度のチャレンジでもメダルに届かなかった上村。その目からは止め処なく涙がこぼれ落ちていた。

「もう、いいかな…」

試合後の上村は、弱り切っていた。

「十数年続けることって、タフですよね…」

そうつぶやく彼女の頭には「引退」の影がよぎりつつあった。



たいがいのスポーツ選手がオリンピックを「競技人生の区切り」にする。次のオリンピックまでの4年間を「タフ」に乗り切るには、相当に強靭な精神力が求められるのだ。

その自信を失っていた上村は、バンクーバー五輪後、ひとまず休養をとって、競技から離れる決断を下す。

「周りの人たちもガッカリさせてしまっていると感じて…」と上村。それが何よりも辛かった。



上村がスキーから距離をおいて3ヶ月が過ぎ、半年が過ぎ、やがて一年になろうとしていた。

その間、上村は「引退する理由」を探し続けていた。

しかし、いくら時間をかけても、スキーを辞める理由は見つからない。むしろ、スキーから離れていればいるほど、「もう一度滑りたい!」という、引退とは真逆の思いがフツフツと沸き上がってくるばかりであった。







競技から離れて丸々1シーズン。

ついに上村は「復帰」を発表(2011年4月)。

「やっぱり、自分はスキーをすることで人を喜ばせることができるんじゃないか、と考えました」と上村は、その決意を新たにする。



長期ブランクのため、再スタートはワールドカップより下のカテゴリーからの出発となったが、北米の大会で2位を2回記録するや、上村はすぐさまワールドカップの日本代表に復帰。

そして迎えた昨年(2012)2月の苗場ワールドカップ。この大会で上村はモーグル7位、デュアルモーグル2位という完全復活を果たす。

この好成績に「びっくりした」と上村。長期ブランクの不安、そして練習再開から開幕までの短さ、さらには体力不足、それらの不安は苗場の好成績がすべて拭い去ってくれた。



「長い間かけて身につけてきたことは、忘れないんだな…」

上村はしみじみとそう感じていた。そして同時に「負けたくない」という気持ちも再燃してくる。

「ソチ五輪を目指します!」

復帰直後はメダルを狙うとは言えなかった上村も、昨季の復調を受けた上村はオリンピックへの意欲を明言した。

「(苗場で)ひとつ壁を越えました」と上村。



5度目のオリンピック。

そして悲願のメダル。

それらへ向けた今シーズンの上村は好調だ。フィンランドのルカで行われた開幕戦のデュアルモーグルでは再び3位と表彰台に上がっている。



「Aiko Uemura」

この名がふたたび、モーグル競技のジャッジ(採点員)たちに強い印象を思い起こさせている。

採点競技には、どこか「印象」が採点につきまとう。そのため、実績のある選手ほど点数が出やすい。この点、長期のブランクをへてなお、「Aiko Uemura」の名は健在であったのだ。



「ソチでメダルを」

その想いは、2009年に結婚した夫「皆川賢太郎」とも共有している。彼はアルペンスキー日本代表の選手であり、上村同様、長野からバンクーバーまで4度のオリンピックに出場し、現在、ソチ五輪を目指している。

夫・皆川は、上村の現役復帰を喜んだ。上村が競技を再開すれば、夫婦の「スレ違いの時間」は長くなってしまう。それでも皆川は、彼女がスキーに戻ることを歓迎したのだ。



スキーに戻った上村、「自分にワクワクする部分が見つけられました」と今季開幕前に口にしていた。

「気持ちは16歳の時のようです」

高校3年生の冬、初めて出場した長野オリンピック。その時の「まっさらな新鮮さ」に現在34歳の上村愛子は立ち返っている。



「5回目のチャレンジで、自分の等身大のままというか、まっすぐ気持ちの向くまま一生懸命やりたい、そんな気持ちになっています」と上村は、現在の心境を語る。

「いちばん素直な自分」

上村にとって、それはスキーをやっている自分だった。



一年間探しても見つからなかった「引退の理由」。

それもそのはず。彼女の心は、まだまだスキーに飢えていた…!






ソース:Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2013年 2/7号 [雑誌]
「スキーで周りを喜ばせたい 上村愛子」

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