「鬼の目にも涙」
皇后杯で優勝した久光製薬スプリングス。その監督「中田久美(なかた・くみ)」の目から流れた涙を、紙面はそう報じたのだった。
「鬼」
現役時代の中田は、史上最年少の15歳で全日本に選抜されると、ロサンゼルス、ソウル、バロセロナと3大会続けてオリンピックに出場。国内でも名門・日立で数々のタイトルを手にした。
彼女は日本の女子バレー史上に残る天才司令塔であった。
引退後は解説者に転身。
「解説者時代にも、代表選手を怒鳴りつけたりといった武勇伝から、中田には『豪快』や『怖い』といったイメージが付いて回る(Number誌)」
その後、中田はイタリア・セリエAでコーチとして2シーズンの経験を積む。帰国後は全日本ユースのコーチを経て、久光製薬のコーチ、そして監督へと就任したのであった。
皇后杯でのタイトル獲得は、監督就任からわずか7ヶ月という快挙であった。
「ベンチにどっかと腰をすえて鋭い視線をコートに送る姿には、監督1年目とは思えない凄みがある(Number誌)」
中田がバレーに関して選手たちに求めるものは厳しい。
「どんな小さなことでも見逃さないようにしています。容赦なく言うことは言いますし、手を抜いている時とか、嘘の涙なんて、すぐにわかりますから」
そう言って笑う中田だが、選手たちは戦々恐々だ。監督が同性であるだけに、何でも見抜かれており、何も隠せない。
なるほど、女性監督というのも珍しい。
女子バレーという世界は、じつは男性中心の世界であり、これまで日本の女子バレーを率いてきたのは、ほとんどが「男性監督」だった。
「東京オリンピック(1964)で金メダルに導いた大松博文監督をはじめ、モントリオール(1976)金メダルの山田重雄監督、そして昨年(2012)のロンドン銅メダルの眞鍋政義監督に至るまで、ほぼ全員が男性だ(Number誌)」
それは国内のVリーグにおいても同様だった。
「完全なる男社会」
全日本の司令塔として数々の修羅場をくぐり抜けてきた中田は、そのガチガチの男社会に「砕氷船のごとく船出した」。
そのためには「鬼」の顔も必要だった。
「私は選手たちのことを『戦友』だと思っているんです」と中田は言う。
「日本の女子バレーはこんなもんじゃない…!」
そんな悶々とした心のモヤモヤが、ずっと中田の胸の内にはあった。
日本女子バレーは、中田が出場したロサンゼルス五輪(1984)の銅メダル以来、国際大会からのメダルは遠ざかっていたのである。
昨年のロンドン五輪では、じつに28年ぶりのメダル(銅)を獲得した日本女子バレーであるが、それでも中田は楽観していない。
「データバレーや男子バレーのシステムなど、新しいものを取り入れていったが、逆に『日本の女子バレーが独自に築き上げてきた良いもの』が失われているように、中田には見えていた(Number誌)」
男社会はデータバレーを全盛に導いた。
だが、女性監督としての中田が重視するのは「数字に表れない質」である。
「たとえば、点数の取り方やゲーム運びの巧さ。バレーは相手との駆け引きなんです。騙し合いであり、リズムの崩し合い」と中田は言う。
だから、たとえチームが試合に勝っても、中田は容赦なく「ダメ出し」をする。
「拾った拾えなかった、決まった決まらなかっただけでは評価しません。勝つことだけで満足しているチームではいけないんです」と中田は口調を厳しくする。
自身の経験を豊富にもつ中田は、世界で戦うには「相手とケンカできる選手じゃなきゃいけない」と口を酸っぱく選手たちに言い続ける。
鬼監督・中田が目指すのは「圧倒的強さ」。
「今季は『勝てるチーム』をつくりたい。来季からは『負けないチーム』にしたい」
中田の言う「勝てるチーム」とは目線が下から上。「負けないチーム」は上から目線。久光製薬スプリングスの目指すのは、全日本であり「世界」である。
男性中心の社会に風穴を開け、そこから世界に選手たちを送り出す。
「思いっ切りOG目線ですね(笑)。うちの選手は特別かわいいですけど、他のチームの選手にも頑張ってもらいたいし、どんどん世界に出て行ってもらいたいんです」
そう言って、鬼は笑ふ。選手たちを見つめる鬼の眼差しは「母親のように温かい」。まるで母親が娘たちの支えになり、時にはお尻を叩き、なんとか高みへと導こうとしているかのように…。
「Vリーグでこんなに体力を消耗しているんだから、世界となんか戦ったら私死んじゃうかも(笑)」
母親のような目をした中田は、そんな戯言を言う。
「このチームを作り上げるには3、4年はかかる。その頃にはもう私はボロボロになっていると思いますよ(笑)」
自身がボロボロになってもいい。
鬼としての自分が開ける風穴から、かわいい選手たちが飛び立ってくれさえすれば…!
「ずっと自分たちが大事に持ち続けてきた宝物を、さらに自分の手で磨いて、次世代の人たちにつなげるという人生も、私の中ではありかなと思ったんです」
鬼であり、母親である女性監督・中田久美。
男社会への挑戦は、まだ始まったばかり。
試合巧者の中田にとって、世界とのケンカ(騙し合いやリズムの崩し合い)は、きっとお手のものだろう…!
(了)
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ソース:Number (ナンバー) WBC速報号 2013年 3/30号 [雑誌]
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