公衆の面前で、大の大人の頭を「ポカリ」。
それも並の「公衆の面前」ではない。そこは日本シリーズという天下の晴れ舞台(第2戦・東京ドーム)。
しかも、ピッチャーマウンド上という大観衆の注目著しい場所であった。
しかし、巨人の先発ピッチャー「澤村拓一(さわむら・ひろかず)」には、「ポカリ」を喰らう然るべき理由もあった。
プレーボールの号令直後の第一球、日本ハムの先頭打者・陽岱鋼にいきなりデッドボールを与えてしまったあと、「周囲が見えなくなっていた」。
そして、4番の中田翔の左手甲にまで149kmのストレートをぶつけてしまう。この時点でもう、澤村は「明らかに浮き足立っていた」。
それでもまだ、キャッチャー「阿部慎之助(あべ・しんのすけ)」は立ち上がらなかった。
しかし、周囲も見えず完全に浮き足立っていたピッチャー・澤村は、その直後、安部の出した「二塁牽制」のサインを、あろうことか「見落とした」。呼吸の合わなかった澤村は、落ち着かない様子でプレートを外しただけに終わってしまったのだ。
さすがに黙っていられなくなった女房役の阿部慎之助。タイムをかけるや、ツカツカとマウンドに歩み寄っていき、歩きながらキャッチャー・マスクを外すと、澤村の頭を「ポカリ」。
「やるべきことをやっていなかったから」と阿部。2人は中央大学の先輩(阿部)・後輩(澤村)の間柄であるが、それでも、思わぬ安部の行為にスタンドは一時「どよめいた」。しかし、そのどよめきはすぐに「大拍手」へと変わった。
みんな分かっていたのだ。叩かれた澤村も、それを見ていた首脳陣やナインも、そしてスタンドのファンも。誰もがその「ポカリ」には納得していた。何より、阿部慎之助というキャラがそれを納得させたのだ。
「キャプテンとは『グラウンドの現場監督』のようなもの」と、巨人のキャプテンを任されている阿部慎之助は、今季開幕前に語っていた。「熱さ全開で、チームメイトを引っ張っていけたらいいと思っている」。
そして、その言葉通り、日本シリーズの大舞台でも「熱さ全開」であの「ポカリ」でもって、澤村を叱咤激励したのである。
そのお陰もあって、落ち着きを取り戻した澤村はその後、8回を3安打、失点ゼロに抑える好投を見せ、先発投手としての重責を十分に果たすことができた。試合結果は1対0で巨人の勝利。長野のホームランで得た虎の子の一点を澤村が気迫のピッチングで守り抜いたかたちになった。
「このチームは本当に慎之助(阿部)のチームになった」と巨人監督の原辰徳は述懐する。
阿部とて完璧ではない。ゴロを後逸もすれば、牽制球を後ろに逸らしてしまうこともある(広島戦、慢性的な足の故障から、本来キャッチャーの阿部は一塁の守備についていた)。
「慎之介がミスをしたけど、それを取り戻そうと必死になったのは本人だけじゃなかった。ナインみんなが慎之介の失敗をカバーしようと必死に追いかけた」と原監督。
「4番」で「捕手」で「チームリーダー」。
その期待に阿部は大いに応えた。シーズン中の打率は3割4分、104打点で「二冠王」に輝き、ホームランは27本という数字だった(ちなみに2002年の松井秀喜は打率3割3分4厘、107打点、50本塁打)。
そして、何より日本シリーズ優勝を決めるサヨナラ打を放ったのも、阿部慎之助だった。
試合開始の40分前に痛み止めの座薬を入れて強行出場した阿部。持病ともいえる腰痛のほかにも両足首を痛めており、左足はつま先からカカトまであらゆる部分に激痛が走る状態だった(そのため、その直前の2試合は欠場)。
それでも、打った。決勝タイムリー。
熱さ全開のキャプテンの率いる巨人は、3年ぶりの日本一に輝いた。
ソース:Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2012年 11/8号
「阿部慎之助 すべてを背負って極めた頂点」
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