2014年6月25日水曜日

「サッカーは道端から生まれるんだ」 [ソクラテス]




「ブラジルのサッカーは、道端から生まれるんだ」

それがソクラテスの口癖だった。

「本当のブラジルサッカーには、遊びと喜びがある。子供が道端でいたずらのようなフェイントをしてみせる、あるいは踊るように、ギターを弾くようにサッカーをするんだ」



——ソクラテスは「フッチボウ・アルチ(芸術サッカー)」の信奉者だった。フッチボウ・アルチとは、華麗にパスをつなぐ攻撃サッカーのことだ。フッチボウ・アルチに、守備専門の中盤の選手はいらない、というのがソクラテスの考えだった(Number誌)。






ソクラテスがプロ契約を結んだのは19歳のとき。

これは同年代のジーコたちと比べると、ずいぶんと遅い。というのも、ソクラテスは医者になるつもりだったからだ。

ソクラテスは「当時、ブラジルにとっては医療が最も大切であり、自分は医学を学ぶべきだと思った」と言っていた。

「サッカー選手になったのは偶然。交通事故みたいなもんさ」



1982年のワールドカップ、スペイン大会

ソクラテスは、ジーコ、ファルカン、トニーニョ・セレーゾとともに「黄金のカルテット(4人)」を形成。その卓越したパスワークとコンビネーションから優勝候補の筆頭と目された。

それぞ、フッチボウ・アルチ(芸術サッカー)。ブラジル代表がその理想に近づいたのは、1970年に神様ペレのいた大会以来であったという。






ところで現在、ブラジルのクラブには「輸出工場」に徹しているチームがある。

将来有望な若手選手を「ブラジルの道端」から発掘し、試合出場の機会を与えてヨーロッパへ売却。その売却益でクラブは潤し、施設を充実させていく。



生前のソクラテスは、そうしたブラジルサッカーを嘆いていた。

「ブラジルのテレビ局は、自国の選手がプレーする欧州リーグの映像を買っている。まるでカカオを輸出してチョコレートを輸入しているようなものだ。あるいは、ミケランジェロ自体を売り払って、その絵をわざわざ買っていると言ってもいい」






ソクラテスの体現したフッチボウ・アルチ

彼は選手時代、古き良き時代のブラジルサッカーの香りをまとっていた。



そして今年(2014)、64年ぶりに王国で開催されているW杯には、そうした香りがまた漂いはじめている。

——イングランド対イタリア戦ともなれば、テンポが遅く、退屈な90分間が続くのは目に見えていた。ところが試合は、古典的な好試合(クラシック)になった。どちらも攻撃的なサッカーをしたからだ。これはちょっとした事件だと言っていい(Number誌)。



ブラジルW杯は64試合中、半分以上の38試合を消化した時点で、合計で103ものゴールが生まれている。1試合あたり2.7回、ネットが揺れている計算になる(6/25現在)。

——目につくのはコール数だけじゃない。多くのチームは、明らかに従来と方針を変えてきている。ブラジル大会で「攻撃が復権した」のだ。オランダは派手なカウンターで、スペインに圧勝した。ドイツやチリ、退屈なサッカーをしていたイタリアやベルギー、4年前、客を退屈させた挙げ句に負けてしまったスイスや日本にも、変化は確実に見てとれる(Number誌)。






幸運にも、ブラジル大会は面白い。

なぜ、これほど壮観なゴールや、手に汗握る試合が多いのか?

——今大会が面白いのは、単にゴールや波乱が多いからではない。ゴールが決まる過程そのものがスリリングだからだ。ブラジル大会では、カウンターアタックや長めのパスを起点にしたスピーディーな攻撃が増えた(Number誌)。



反面、前回優勝国スペインにとっては受難となった。

短いパスを小気味よくつなぐパスサッカー、通称「ティキタカ」を得意としたスペインは、どの国よりも早くグループリーグ敗退に追い込まれた。

——各国チームの攻撃が速く、ダイナミックになったのは、そのような攻撃を仕掛けなければ守備陣を崩せなくなったことの裏返しにほかならない。ティキタカばかりでは、さすがにスペースはこじ開けにくくなる。今大会はアフリカのチームでさえも、組織的に守っている(Number誌)。



組織的な守備の向上と、攻撃サッカーの復権。

スペインに次いで翻弄されたのはイタリアだった。

——プランデッリ監督は就任以来、スペイン流のパスワークとイタリア流の縦への速攻というテーマで、新世代のイタリア代表をつくり上げてきた自負があった。スペインが早々に敗退してもなお、パスサッカーの優位性をなおも訴えた(Number誌)。



しかしイタリアは、その知将の誤算により、まず伏兵コスタリカに敗れた。

そして背水の陣でのぞんだウルグアイ戦。

——追い詰められてようやく真価を発揮するイタリアにとって、タフな一発勝負は望むところだった。まるで半世紀以上前の古典サッカーのように、グラウンド上の選手全員が、目の前の相手と一対一で睨み合った。ハイレベルのテクニックを持つ者たちが、あえてぶつかり合うことを選択し、死力を尽くした。「死の組」にふさわしい激闘だった(Number誌)。

結果は、いつしか獣性をおびていたウルグアイの勝利。ウルグアイのエース、スアレスはイタリアのDF(ディフェンダー)を噛み付いていた。スアレスは「口が滑っただけだ」とうそぶいた。むしろイタリアの悪童バロテッリのほうが大人しかった。






スペインの確立したポゼッション(支配)とパスサッカーは、ユーロ2008から始まり、南アフリカW杯、ユーロ2012と、およそ6年間にわたって世界に君臨し続けてきた。

その戦略戦術は、まだ破綻したわけではないだろう。だが、アップデートを迫られていることが、今大会では明らかになりつつある。知性的なそれは、より野性的な何かに犯されはじめているかのようだ。

王国であるブラジルの地は、サッカーの醍醐味、その原点を問おうとしているのかもしれない。






「サッカーは道端から生まれるんだ」

「本当のサッカーには、遊びと喜びがある」



そう言っていたソクラテスは2011年、敗血症で亡くなった。

享年57歳






(了)






ソース:Number (ナンバー) ギリシャ戦速報 2014年 6/30号 [雑誌]
サイモン・クーパー「カーニバルの傍らで」
「今大会は面白い! W杯のトレンドを決めた3つの文脈」



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