2013年9月18日水曜日

平凡なる非凡さ。前橋育英・荒井監督 [甲子園]



この監督で勝てるのだろうか?

それが荒井監督の第一印象だった。

過剰、偏り、狂気。そうした異能とは無縁に見える荒井監督が、海千山千の監督がひしめく高校球界で勝ち抜けるとは思わなかった。

それでも、こんな監督が勝ったら面白いだろうな。

そう思った。


〜Number誌〜



今夏、甲子園初出場の「前橋育英(群馬)」を優勝候補に上げたジャーナリストなどいたのだろうか?

全国制覇することになるこのチーム、「優勝候補でもなければ、派手な野球をするチームでもなかった(Number誌)」。

荒井監督自身、「今のチームを強いと思ったことは一度もないんです」と話す。



本大会での勝ち上がり方にも、派手さはない。

近年の優勝校が軒並み一試合平均10得点前後を上げているのに対して、前橋育英は6試合で20得点、一試合の平均得点は3点ちょっと。

荒井監督の言うとおり、「相手を圧倒するような力はない」。








ただ、失点が少なかった。

6試合で7失点、一試合平均1点ちょい。ここ数年の優勝校の多くが二桁失点しているのと比べると、極めて守りが固かった。

Number誌「派手さはない。だが、最後は勝ちを拾った。その粘り強さを支えていたのは守備力だ」



荒井監督は言う、「我慢強いチームではありますね」。

監督の息子にして主将の荒井海斗も「うちのテーマは『あきらめの悪いチーム』なんで」と胸を張る。

※そういえば準々決勝、常総学院との対戦において、前橋育英はあとワン・アウトで敗退が決まる9回裏、相手のエラーから2点差を同点とし、延長10回にサヨナラ勝ちを手にしていた。



チームの合言葉は「1試合でダブルプレーを3つ取る」

「ゲッツー(ダブルプレー)を取れれば流れが来る。ゲッツーを取った試合はほとんど負けていない」と一塁手の楠裕貴は言う。

ピンチの時に監督が送る伝令は決まってこうだ。「おまえたちの守備力を見せてやれ」。

Number誌「そうして積み上げたゲッツーは計9個、一試合平均1.5個だった。3回戦の横浜戦では、目標通り3つのダブルプレーを成立させ、最後まで相手に主導権を渡さなかった」



どんな守備練習をしていたのか?

「特別なことはやっていません」と監督は答える。

「キャッチボールの一球を、相手の胸に投げようとちゃんと意識しているだけでも、毎日積み重ねれば違ってきます」

Number誌「荒井監督は『積み重ね』だと強調する。選手たちに求めたのは『誰にでもできること』ばかり。ただ、他の人と違うところは『誰にもできないぐらいに継続すること』を求めたことだった」



野球技術のことでは一切怒らないと決めている荒井監督も、日常の「当たり前」にはうるさかった。

「米粒残したら目が潰れるんだぞって。そうこうところはうるさく言っています」と監督は言う。

寮の食事は一粒残らず食べさせ、服装、ゴミ拾い、そういった「当たり前」のことに監督は執拗にこだわった。



「本物ってのは『平凡なことを積み重ねること』だぞ。同じことを繰り返すから、変化が感じられるようになるんだ」

それが監督の口癖だった。監督自身、そうした「単調な作業がまったく苦にならないタイプ」であるという。

日大藤沢の投手としてノーヒットノーランを2度達成したことのある荒井監督。卒業して入社したいすゞ自動車では、出社前に毎朝350本の素振りをするのが日課だったという。



いすゞ時代に、こんなエピソードがある。

ある先輩にビールを買ってこいと言われたが、監督は「素振りしたら買ってきます」と答え、2時間後にビールを買ってきて先輩に呆れられたという。

「2時間ぐらい何てことなかったんで。脳が単純なんでしょうね。ぜんぜん平気なんです」と監督は笑う。

今でも毎朝4時には起きて、ジョギングをするのが日課だという。






夏の甲子園、決勝戦。

相手は延岡学園(宮崎)。

Number誌「プレイボール直前、延岡学園がベンチ前で円陣を組み、全員で声を張り上げていた。高校野球で頻繁に見られる光景だ。というより、やらないチームはほとんどない」



だが、荒井監督率いる前橋育英は「そういった儀式を一切やらなかった」。

「ガツガツやっちゃうと、普段通りじゃなくなっちゃうんで」と、監督は穏やかな笑みを浮かべる。

Number誌「大会を通じ、荒井監督は『気合い』といった類の言葉とは、最も遠いところにいる人物に感じられた」

「勝つ気がないんじゃないかって言われるんですけどね(笑)。でも、勝てば信念って言われますから」と監督はいたって冷静であった。



結局この決勝戦、4回に3点先制されるも続く5回に同点に追いつき、7回に逆転。4−3で勝利。群馬県勢では14年ぶり2度目の優勝を果たす。

前橋育英は2011年の春に一度だけ甲子園に出場したことがあったが、その時は初戦敗退。夏の甲子園は初出場であり、そして初優勝。3,957校の頂点に立ったのだった。

Number誌「甲子園は、特別な選手を集め、特別な練習をしなければ勝てないところだと思っていた。だが、前橋育英はその逆だった。特別だったのは『平凡なことを非凡なまでに徹底したこと』、その一点だけだった」









世間的には地味な優勝チームだった。

だが、静かな革命だった。


〜Number誌〜






(了)






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ソース:Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2013年 9/19号 [雑誌]
「当たり前を積み重ねる『静かなる革命』 前橋育英・荒井直樹監督」


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