2013年8月17日土曜日

「弱くても勝てます」 開成高校 [野球]



「今年は史上最弱のチームです」

開成高校(東京)野球部の「青木秀憲」監督は、確かにそう言った。

「最強」ではなく「最弱(さいじゃく)」、「最も弱い」と。



とはいえ、彼が端から勝利を諦めているわけではない。東大野球部出身の彼は、勝利に対してむしろ「執念深い」。

「弱くても勝てます」

それが開成高校野球部の掲げるセオリーだった。



開成高校といえば、言わずと知れた超進学校。日本一の東大合格者数で話題になる。だが、進学校の宿命として甲子園とは縁遠い。

それでも同校の野球部は「平成17年の東東京都大会でベスト16に入り、その翌々年も4回戦まで進み、同年の準優勝校・修徳高校に惜敗。しばらくは低迷するが、昨年も4回戦進出を果たし、その勢いから察するに『甲子園はかなり近づいている』(Number誌)」






さて、「史上最弱」と監督のいう今年のチームは…。

「それにしても下手すぎやしないか…。グラウンドでの練習を見て、私は半ば呆然とした(Number誌)」

Number誌「バッティングは山なりの緩い球を次々と空振りしているし、守備もサードがエラーして打球を後逸すると、それをレフトがまた後逸する。プレイ以前に選手たちは走り方もぎこちなく、とても勝てそうには見えない」



だが、弱ければ弱いほど、「弱くても勝てる」というセオリーを証明するのには好都合。

「常識を覆してこそ、開成野球」

さて、その秘策とは…?



「われわれは『ギャンブル』を仕掛けるんです」

青木監督によれば、常識的な野球のセオリーは「高いレベルで戦力が拮抗するチーム同士の戦いにおいて通用するもの」に過ぎない。すなわち、あまりにも弱すぎる開成野球部にはまったく当てはまらない。

Number誌「たとえば打順。通常のセオリーでは1番に俊足の選手、2番にはバントなどの小技ができる選手を置いて、3番に強打者というオーダーになる。これは確実に1点を取るためのものだが、開成はたとえ1点取っても、その裏に10点取られるので有効ではない」



青木監督いわく、「『1−0』の1点差は追いかけるのが難しいです。でも『10−5』の5点差ならワンチャンスで返せる。『20−10』の10点差だったら、なんとかなる気がするんです」

開成野球部は「10点取られる」ことを前提に、20点取りに行く。そのために、1番から強打者を並べて、いきなり打線を「爆発」させて一気に大量得点し、そのままコールド勝ちしてしまう。それが監督のいう「ギャンブル」。



「ドサクサに紛れて勝つんです」と監督は揺るぎない自信をのぞかせる。

見た目に弱そうな開成に打たれると、相手校は動揺する。その虚を突いて、勝ち逃げするのだという。

Number誌「実際、東東京都大会でも『勝つ時はほとんどコールド勝ち』なのだ」



青木監督は、選手らを奇襲攻撃用の打撃に集中させるため、守備練習は「捨てさせる」。

監督いわく、「守備が上手くなってもエラーは出るし、猛烈な守備練習が活かせるような難しい打球が来るのは1試合に1球あるかないかくらいだから」

そうした確率論のもと、監督は「守備を捨てる」というギャンブルに打って出る。



「サードを捨てようかと思ってます」

青木監督のギャンブルはいよいよ大胆になる。

「あまりに守備が酷いんで、むしろ置かないほうがよいのではないかと思うんです。あるいは外野を2人にするとか…」

通常の外野は3人だが、それを1人減らして内野を5人にしようと監督は企む(ちなみにルールブック上、ピッチャーとキャッチャー以外の守備位置に関しては規定がない)。

それは「大惨事」を避けるためだ。監督のいう大惨事とは「一気に20点取られること」。そうなってしまうと、コールド負けを食らってしまう。



そもそも、開成の守備の原則は「正面に来た球を確実に捕り、それ以外は『なかったことにする』」という実に割り切ったものだ。

「打球が外野に飛んだら諦めます」と監督は言う。「そして外野を守る選手たちにも、あらかじめ『どこを捨てるか』決めさせるんです」

そうすれば、外野手も自分がいる「正面」の打球に集中できるのだという。



ところで、肝心の「打撃」はどうなのか?

Number誌「主砲と目された星川君(3年)。185cmの長身を生かし、体力づくりに励んで立派な体格に成長したのだが、バットに球が当たらない。それもド真ん中の直球、緩い球でも当たらないのだ」

見かねた青木監督が、星川君に「プラスチックのバットとゴムボール」を与えたという。それでも、彼は空振りを繰り返す。



「ナイス空振り!」

監督に励まされながら、星川君は乱暴に振る、野蛮に振る、やけくそに振る。

「バットにかすりもしなかった生徒でも、キッカケさえつかめれば試合中に突然打てるようになり、それが連鎖して大量得点に結びつくことがあるんです」と監督はあくまで前向きである。

その時を信じて、素振りも「無闇やたらに振る」。数振りゃ当たるか? それもギャンブルか?






さて、一向に打撃が上向かぬまま、東東京都大会は幕をあけた。

初戦の相手は、進学校の城北高校。

Number誌「試合は呆気なかった。開成は主砲・星川君ほか3人がヒットを打っただけで、あとはほとんどが三振。気がつけば8回の裏に7点差が開いて『8−1』でコールド負け。あと1点でコールド負けになるということに気づいていない選手もいたようだった」

史上最弱チームの夏は、三振の山だけを残して終わってしまった…。



「弱くても勝てるんじゃなかったのか!」

スタンドからはそんな野次も飛ぶ。

Number誌「どうした? 開成…。観客席で私はつぶやいた。ギャンブルに負けたというより、まだギャンブルは始まっていないではないか…」



開成野球部にとって不幸だったのは、対戦相手が「強豪校」ではなかったことだった。開成のセオリーは強豪校に対してこそ「意表を突く」。すなわち、そこに戦力差があってこそ生きるものだった。

しかし悲しいかな、初戦の相手・城北高校は進学校ということもあり、開成と戦力が拮抗してしまっていた。お互いの戦力差が少ない時、そこに奇襲のスキは小さくならざるを得ない。

そんな時は皮肉にも、「常識」の方が幅をきかせてしまうのだった。開成がひっくり返し、捨ててしまっていた常識が…。






そもそも、開成のナインは「呑気すぎた」。その呑気さに、青木監督は負けた試合の5日後、グラウンドで罵声を響かせていた。

「お前たちは足に鉛でも入れているのか! 日常生活の移動より遅い!」

Number誌「野球は弱くても勝てるが、呑気だと勝負に間に合わないのである」



「われわれは徹底的に勝ちにいきます。勝ちが全てです」

来年に向けて、青木監督は早々にそう宣言した。じつは誰よりも負けず嫌いなのは彼であった。



ちなみに開成はグラウンドでの練習のことを「実験と研究」と呼ぶ。守備を捨ててみるのも、無闇やたらとバットを振るもの、それらは「弱者が勝つための道」を探る試行錯誤である。

のろのろ移動する選手たちに監督が激を飛ばすのも、新たな実験のはじまりなのであろう。



当たればデカイ(?)。開成のギャンブル。

Number誌「格下のチームが独自の戦法で強豪校を攻略する、そんな番狂わせが起こるのも、甲子園の醍醐味の一つだ」

開成高校が甲子園で「大番狂わせ」を演じるのは、いつの日か…













(了)






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ソース:Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2013年 8/22号 [雑誌]
「もうひとつの勝利至上主義 開成高校」

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