まるでマンガだよ。
最後尾からスタートしておいて、30台近くもいる先行車をゴボウ抜きにした挙句に優勝を果たすなんて…。
そのマンガの主人公は、オートバイに跨った「マルク・マルケス(スペイン)」。弱冠20歳のベビーフェイス。
戦いの場はMoto2、2輪ロードレースの最高カテゴリーMotoGPへ向けた最後の登竜門だ。
去年(2012)の最終戦バレンシアGP。マルケスはフリー走行で他のライダーを転倒させたペナルティを科せられて、決勝では最後尾からのスタートになった。
「そりゃあ悔しかったよ!」
決勝前、マルケスはすごく腹を立てていた。
「でも僕は、悔しさからくる『怒り』を、自分を限界まで追い込んで前進するための力に変えることができるんだ。そうやって、『僕以上の僕』を引き出すんだよ」
その言葉どおり、「自分以上の自分」を引き出すかのように、マルケスは「いつ転んでもおかしくない」ほどマシンを攻め立てていた。
彼は怒りの感情に任せて、我を忘れて突き進んでいたのか?
いや、20歳とはいえ、マルケスはそれほどウブではなかった。彼は怒りの感情を確実に勝利へと結びつける術を心得ているかのようであった。
最後尾スタートからの優勝。
「マルケスは、マンガにしてもドラマチックすぎる戦いぶりを見せつけた。あまりにも圧倒的な力量の差だった(Number誌)」
その映像を見返すマルケスは、「これって、本当に僕?」とおどけてみせる。何かのスイッチが入った彼は、もう別人のようだった。まさか、ヘルメットの下にベビーフェイスが隠されているとは思えない。
5歳の時からオートバイに乗り始めたというマルケス。
2008年にロードレース世界選手権(125ccクラス)に参戦した当時、マルケスの身長は148cmとライダーの中で最も低く、体重も40kgしかなかった。そのため、125ccクラスの最低制限重量(136kg)を満たすのに、21kgのバラスト(重し)をマシンやつなぎの中に仕込んで戦った。
15歳126日で表彰台(3位)を獲得したマルケス。史上2番目という若さだった(イギリスGP)。
タイトル獲得は3年目(2010)。第4戦イタリアGPの初優勝から5連勝を果たす快進撃。一時3位に後退するも、第14戦日本GPからあれよあれよと4連勝。17歳263日での戴冠は史上2番目の早さだった。
類を見ないハイペースでステップアップしたMoto2。冒頭に述べたマンガのような現実離れしたレースを、マルケスは2度もやってのけている! 初年(2011)は怪我のため総合2位に終わるも、2年目(2012)には圧巻の総合優勝を果たした。
2年目の夏(7月)には早くもホンダからお声がかかった。世界最高峰の2輪レース「MotoGP」のライダーとして。
「この時、マルケスは19歳。最強チームであるホンダが、ティーンエージャーと契約したのだ!(Number誌)」
衝撃的な契約発表ではあったものの、レース界はそれを当然の事実のように受け止めた。ティーンエージャーとはいえマルケスは、それまで計69レースに出場して32回表彰台に立ち、そのうち21回も優勝していたのだから…!。
この苦労知らずのシンデレラ・ボーイ。あえて苦しんだシーズンといえば、デビューしたての125cc時代くらいか。
「苦戦の連続だったよ。僕のマシンは周りよりも酷く劣っていたんだ」
マルケスはそうボヤく。
「自分の限界はもっと高いところにあると分かっているのに、マシンのせいでそこまで辿り着けなかったんだ。そんな状況に何度も向き合わされたよ」
マシンのせいで負けるたびに、すごく腹を立てていたマルケス。悔し涙を流し、言葉にならないほどの怒りをどうすることもできなかった。
「15、6歳だったからね。感情に流されて、勢いあまって転倒というミスを犯すこともたびたびあったよ」と、マルケスは若き日を振り返る。
彼は、そうした悔しさと怒りの渦の中から、感情の矛先の向けかたを模索していった。
「歳月と経験を重ねながら、セルフ・コントロールを身に付けていったんだ。どんな状況でも諦めたくなかったからね」とマルケスは語る。
そして舞台は最高峰のMotoGPへ。
「期待以上の速さだった(Number誌)」
それでも最強チーム・ホンダは満足しない。
「まだまだだ。MotoGPはそんなに甘くない(代表・中野修平)」
速いは速いが、マルケスはあちこちでミスを連発していた。それでも彼の非凡さは認めざるを得ない。
「ミスを連発しながらもいいタイムを出せるのは、彼が諦めないからだ。普通のライダーは、ミスをした時点でそのコーナーを捨ててしまう。でもマルケスは、マシンの挙動が乱れても、スッと落ち着いた瞬間にすかさず加速体制に入るんだ」と中野氏。
マルケスは転倒のリスクも辞さない。まるで転倒することで限界を見極めようとするかのように。
「ものすごい経験を積んだバレンティーノだって、若い頃にはそれなりにミスも犯しているからね」とマルケスは微笑む。
「人は、そういうたくさんの失敗の上に成り立っているんだよ、きっと!」
失敗を恥じることなく、それを底抜けに明るい光景に変えてしまう。それがマルケスの若さだった。
新たな時代を切り拓くであろうライダー「マルク・マルケス」。弱冠20歳のベビーフェイスは今や、空港にファンが押し寄せ、ピットにはカメラマンが居並ぶアイドルっぷりである。
「う〜ん、アイドルだなんて、勘弁してよ〜」
そう言うマルケスだが、周囲からの注目と期待は痛いほどに感じている。
「僕はシャボン玉の中に身を置くんだ。そうやって雑念を追い払い、自分自身に集中するしかない」
そのシャボン玉の中で、何を想うのか?
抑えきれない感情に膨らむシャボン玉。
「レースでは何かが変わる時がある。なぜだか分からない。でも、スイッチが入る感じなんだ」
マルケスのスイッチが入った時、猛烈に加速するマシンは異次元へと誘われる。
その時だ。「自分以上の自分」が引き出されるのは…!
(了)
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ソース:Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2013年 4/18号 [雑誌]
「したたかなベビーフェイス マルク・マルケス」
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