「人頼みなんです」
これは意外な言葉だ。これがプロ生活29年の大投手「山本昌(やまもと・まさ)」の言葉とは。
「『捕手のいうとおりに投げる』のが、ボクのスタイルなんです」
山本昌という大ベテラン投手は、黙って捕手の言う通りに投げるのが自身の仕事だと言い切る。
「ひとりの打者と対戦する回数は、投手よりも捕手のほうが絶対に多い。打者のクセなどは、投手よりも捕手のほうがよく知っている」と山本は言う。
野球の常識は、そのまったく逆ではなかったか。
「口では捕手を立てても、マウンドでは何度もクビをふり、打ち込まれた時は『言われた通りに投げたのに、このザマだ』と言わんばかりに口を尖らせる。投手というのは、それぐらい自己中心的でなければ大成できない。それが野球の常識だ」
ところが、山本昌にそんな自己中心的な影はどこにもなく、自らハッキリと「人まかせ」と言い切るのである。
そもそも、子供時代に野球を始めた時から、山本は自分の意志を強く持っていなかったという。
「兄が野球をしていて、キャッチボールをやる中で自然に野球をやることになって…。知らないうちに投手をしていました」と山本は振り返る。
その後の野球人生もやはり「人頼み」。
「高校も、中学の先生のアドバイスで決めました。お前はコッチへ行けと言われて…」と山本。
プロに入ってからも、分かれ道には必ず「背中を押してくれる人」が立っていた。
たとえば飛躍のキッカケとなった入団5年目のアメリカ留学、当時ドジャースの会長補佐だったアイク生原がアメリカ球界の仕組みを教えてくれた。ドジャース傘下のルーキーリーグで好結果を残した山本は、星野仙一監督に認められ帰国することになる。
「迷ったりする時には、いつも背中を押してくれる人がいるんです。自分でもなぜか、『決めてくれる人』がいるんじゃないかと思っているところがあるんですよ」と山本。
誰かが背中を押してくれる、それを山本は「人頼み」と言う。「だが、押し甲斐のない背中にわざわざ手をかける者はいないだろう。山本の背中は、なぜか人が押したくなる背中なのだ」。
「いろんな人から背中を押されてる感じですね」
そう山本は語り出す。
「45歳までは、人に会うと『あと1年がんばってくれ』と言われました。でも最近は、『50歳までやってくれ』って言われます」
あと3回のキャンプを乗り切れば、そのシーズン中には50歳になる山本昌。むろん「前人未踏の領域」、最年長の左腕だ。
「やれと言ってもらえるのは素晴らしい」と山本。「自分はなんて幸せな人間なんだって」。
プロ生活29年間、いくつもの岐路を「人頼み」で乗り切ったという山本。その選択はじつに「大らか」。「人一倍広い山本昌の背中」は、仲間にとっても、ファンにとっても、きっと「押し甲斐のある背中」なのだろう。
「給料もアップしてもらって、希望にあふれてますよ」と、大きな背中の山本は豪快に胸をそらした…。
ソース:Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2013年 1/24号 [雑誌]
「いつも誰かに背中を押され 山本昌」
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