「火を燃やせ。
もっともっと、焚きつけろ。
せっかく燃え盛った火を消すな」
ニューヨーク・ヤンキースが勝つと、外野手3人が集まって行われる「勝利の儀式」。そこに今年はイチローの姿も。
シアトル・マリナーズを離れる時のイチローは、「一番勝ってないチームから、一番勝っているチームに行くことになるので、テンションの上げ方をどうしようかなと思っています」と言っていた。
イチローがメジャーにやって来てから、古巣のマリナーズがプレーオフに進むことができたのは、たったの一度だけ。それとは対照的に、ヤンキースはプレーオフに「進めなかった」のが一度だけである。
NYヤンキースはリーグ優勝40回、うちワールドシリーズ制覇が27回というチームなのだ。
それゆえ、シアトル(マリナーズ)で当たり前だったことが、ここニューヨーク(ヤンキース)では当たり前でなくなった。
マリナーズ時代、彼の名前はずっと「ICHIRO」と表示されてきたが、ヤンキースにやって来てからは、「SUZUKI」で統一されている。
その打順も8番、9番の下位打線がほとんど。かつてはほとんど経験しなかったベンチスタートも。「ここか」と思いきや、声が掛からなかったり…。
メジャーに来てすぐの頃のイチローは、こんなことを言っていた。
「ヤンキースの選手がフィールドに散っていくところなんか、カッコいいじゃないですか。ああゆうカッコ良さは、他のチームにないですよね。高貴な感じがします。チーターやライオンには感じられない、虎の高貴さ」
そして、実際にそのチームの一員となったイチローは、こう感じている。
「クラブハウスのあれだけ落ち着いた、動じない空気にビックリしました。勝っても負けても、気持ちが大きく動かない。成熟している感じがしますね」
最強のチームに来たイチローは、どこか嬉しそうだ。
出番が減っても、打順が下位でも、どこでも「笑顔が絶えない」。
「しびれますよ、本当に。勝ちたい気持ちがまた強く生まれてくる。なかなか幸せですよね、野球人として…」
マリナーズでプレーしていた7年間、すごい量の選手たちと出会ってきたにも関わらず、イチローは「ほかの誰からも何の刺激も受けることがなかった」のだという。野球に対するアプローチであれ、仕事に対する考え方であれ…。
それでも、「ヤンキースだけは違うかもしれない…」という淡い期待があったイチロー。移籍を迷った一番の理由はそこにあったのだという。
「ヤンキースのファンは、特別な瞬間を与えてくれます。これが嬉しいんです。イチロー、イチローと名前を呼んでくれて…。もう、ホント、素晴らしいですね」
マリナーズで2割6分だった打率は、ヤンキースに移ってから3割2分と、確実な上昇曲線。ニューヨークでのイチローのテンションは、「明らかに高い」。
「今の状況が勝手にそうさせてくれているんです。この空気は想像通りだよね。想像通り。やっぱりかという感じですね。このチームは野球がちょっと違うんです。それは、このチームがずっと背負ってきた宿命がそうさせているんでしょう」
ニューヨークに立つイチローは39歳。
通算3,000本安打までは、あと400本強。この大記録にたどり着いた大リーガーは今までに27人しかおらず、現役で可能性があるのは、イチローとロドリゲスの2人くらいしかいない。
イチローが10年連続で年間200安打を放ってきたことを考えれば、あと3年もすれば、その大記録に手が届くのかもしれない。
マリナーズ時代のイチローはどこか孤高の存在で、強烈な美意識を放っていた。それゆえ、「数字にしがみついて晩節を汚すくらいなら、あっさり退いて美学を貫こう」という気配もあった。
ところが、心機一転、ヤンキーズにやって来たイチローの顔には「笑顔が増えた」。ひょっとすると、今の彼ならば、泥臭くも野球を続けてくれるのかもしれない。
きっとニューヨークのファンたちも、イチローにずっと野球を続けてほしいと思っていることだろう。
出典:Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2012年 10/11号
「イチロー NY、特別な場所で」
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