2013年6月1日土曜日

笑顔の少女、大人のスケーターへ。村上佳菜子 [フィギュア]




「あっこちゃーん、大好き!」

そう言って、先輩の鈴木明子に抱きついたかと思うと、浅田真央と一緒にオシャベリをはじめる。

「その子がいると周りの空気が明るくなる(Number誌)」



「村上佳菜子(むらかみ・かなこ)」18歳

昨シーズンの成績は抜群。世界選手権では浅田真央に次いで4位。四大陸選手権では銅メダル。それでもまだ彼女は、高校を卒業し、今春、女子大生になったばかり(中京大学)。

「トップアスリートともなると、授業を休んで競技に専念する選手も少なくないが、村上は学校が、そして何より仲間が大好きだった(Number誌)」



試合前も友だちからのメール着信が鳴りっぱなし。

「高校の時のクラスの仲間が優しくて、試合後に教室に入ると、『おめでとう!』って全員で言ってくれたり、文化祭はみんなで焼鳥屋やダンスをして心が通い合って感動して泣きました」と村上。

ダイエットしなきゃ、と言いながら、お菓子を両手に抱えてニコニコ顔。

ファッションや美容に夢中で、授業にも女子大生らしいオシャレをして出席するし、最近のマイブームは「小顔」だとか。






3年前、村上佳菜子のシニア・デビューは鮮烈だった。

「2010年の世界ジュニア選手権で羽生結弦と日本男女でダブル優勝を果たすと、『15歳』でシニアに移行(Number誌)」

シニア1年目は、「ジュニアから上がりたてで元気いっぱい!」。本人も「怖いもの知らずでしたね。自分のキャラそのまま楽しく笑って踊ってました」と振り返る。



「氷上のあやや」

そう呼ばれるほどキュートな笑顔。

SP(ショート・プログラム)の「ジャンピン・ジャック」は、大袈裟に「ぶりっ子」する演技がアイドルのような人気を博す。

その勢いで、GPシリーズのNHK杯3位、スケートアメリカ優勝、世界選手権8位と大活躍。一気に世界に躍り出た。






ところがシニア2年目、「氷上のあやや」の笑顔は消えてしまう…。

「シニア1年目は、自分のことしか考えてなかったのが、2年目、突然『周りの滑り』が見えてしまったんです」と村上。

リンクに立ったとたん、他の選手たちにスピードに圧倒されてしまう。自分とは全然質が違う。



「ジュニアは『ジャンプ』が跳べれば上に行くけど、シニアは『滑り』が必要。シニアで戦う怖さを知ってしまいました」

一気に気持ちがナーバスになってしまった村上。持ち前の笑顔はすっかり涙々…。

「練習すれば泣いて、大会の出発日になれば、試合に出ないって言って泣いて…。わたしA型だし、いろいろ気にしちゃうんですよ…」



悪循環のなか、得意のジャンプまでが崩れてしまい、挑戦中だった「3回転フリップ + 3回転トゥループ」はコーチから諦めるように言われ、悔しくてまた泣いた。

結局、調子が崩れたままシーズンは終了。国際大会の表彰台はなかった。






「とにかく今年は落ち着こう」

村上はそう心して今シーズン(2012-2013)に望んだ。

「シニア2年間で分かったのは、自分は落ち着いていなかったということ。周りを見て、不安で緊張してパニックになっていました」と村上。



「でも、どうやって?」

村上はどうやれば自分が落ち着けるのかが分からずにいた。

「でも高校の友達がメールとかラインとかで連絡くれたり、織田(信成)くんは自分の試合もあるのに、部屋まで来て『頑張れや』って言ってくれて、泣きそうでした」



あるとき、村上はいきなり気づいた。

それはロシア杯「フリーの6分間の練習」のとき。

「それまでは『6分間しかない』って思い、すべての技を制限時間内に確認しようとして焦っていたんです。でも『一つの技』を、よしっ、て確認してから次の技のことを考えたんです」



本番も同様、先々の不安、たとえば「体力が持つかな?」「ジャンプが跳べるかな?」などと考えるのを一切やめて、「一つ一つの技に集中した」。

「ジャンプもスピンも安定しました。突然気づいたんですよ、落ち着く方法に!」

今まで人から教えてもらおうと思っていた「落ち着き方」。そのせいで「方法を教えてくれたら、絶対にそれを頑張るのに…」と逆に悶々としてしまっていた。



それを村上は「自分で気づいた」。

「自分のやり方を見つけたのは凄いことでした」と村上は、笑顔で話す。






笑顔の戻った村上佳菜子。

四大陸選手権では「3回転 + 3回転ジャンプ」を、今季の女子で唯一成功させる。結果は快心の「銅メダル」。

大会後、記者から「高見盛でも意識していたの?」と聞かれる村上。試合前に両手をブンブン振り回していたからだ。



「高見盛…はないですね。でも気合いが入って、やるぞ、という気持ちになるんでこれからもブンブン振ります」と村上はみんなを笑わせる。

じつはその仕草、同じチームの宇野昌麿が試合前にやっていたのを真似したもので、村上流「落ち着き方」の一つとして取り入れたものだった。



「戦い方」を手に入れた村上は強かった。

「年明けから連続で自己ベストを更新。世界選手権は浅田真央に次ぐ4位と、次期オリンピックのメダル圏内に手が届いた(Number誌)」

「置いていかれてないな、と思いました。ここからは『自分の味』みたいなものが必要になると思います」と、村上はこれからを見据える。






「自分の味」

自分の感情をより豊かに表現するために、村上は一つ一つの動きに「ストーリー」を付け加えていった。

たとえば両手を上に挙げるシーン、「妖精を手のひらの上に乗せて、持ち上げる」。また、手のひらを上に向けて振る動きを「ワイングラスを回す」とイメージ。

そうしたイメージによって動きに繊細さが加わった村上の演技には「より大人っぽい表情」が添えられていった。



「これまでとは全く違います。なんとなく雰囲気で演技するのではなく、感情を出すことが明確になったんです。演技の奥まで入り込んで見たいと思うようになりました」と村上は話す。

もの哀しいメロディーでは「優雅な美しい女性」を、タンゴでは「力強く情熱的な女性」を。

もはや村上は2年前の「元気な少女一辺倒」ではなかった。まるで別人になっていた。「試合を追うごとに、大人びていった(Number誌)」







ソチ五輪までは、もう9ヶ月もない。

いよいよ来季は、オリンピック・イヤー。



以前は先輩たちの五輪に向けた気迫のこもった滑りに、「こんなに怖い思いをするなら、オリンピックなんて行けなくていい」と萎縮していた少女のころの村上佳菜子。

今は違う。がぜん浅田真央の背中を追いかける。

「バンクーバー五輪でがんばっている真央ちゃんを見て、感動したんです。わたしもあんなふうに人を感動させたい。そいいう大会に出てみたいと思いました」



「大ちゃん(高橋)からは、選手村にマクドナルドがあって、無料で食べられるって聞きました。試合前はダメだけど、試合が終わってから食べるのが楽しみ(笑)」

「でも、ソチってオバケが出るんですよね? みんなが言ってました。やっぱり行くの怖いかな(笑)」

ときおり少女の笑顔に戻る村上。だがその笑顔は、もう無邪気なだけのものではない。



少女から「味」のある大人のスケーターへ。

シンデレラは、確実に階段を上り続けている…!






(了)






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ソース:Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2013年 6/13号 [雑誌]
「18歳、無邪気な少女からの卒業 村上佳菜子」

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