2013年2月14日木曜日

一歩引いた浅田真央。さらなる高みへ!



「ちょっと一歩引いて、いま自分はどうなっているのかって考える習慣をつけてあげたいんです」

そう言うのは、浅田真央をコーチする名伯楽「佐藤信夫(さとう・のぶお)」氏(61歳)。



佐藤の世慣れた目から見ると、浅田真央の方向はズレているように見えていた。攻撃ばかりで、引くことを彼女は知らない。だから、せっかくの努力が無駄になっているように見えて仕方がなかった。

具体的に言えば、真央の「基礎」はまだ固まっておらず、ゆえにジャンプも不安定であった。固まらぬ土壌の上では、安定して跳び上がれぬものだ。



「基礎が出来なければ、質の高いジャンプも、多彩な表現も、何も出来ない」

それが名伯楽・佐藤の持論であった。だから彼は、どんな選手に対しても、まず基礎スケーティングから見直すのであった。



しかし、佐藤コーチにも迷いがあった。

「世界タイトルまで獲った人を、振り出しに戻して良いものか?」

基礎から直して新しく形をつくるには時間がかかる。

「彼女はそれをどこまで我慢できるのだろう?」

報道陣が殺到して、メディアの目にこれでもかと晒される真央を見ながら、佐藤コーチは自問自答を繰り返していた。







当の浅田真央は、佐藤コーチほどに基礎の重要性を理解しておらず、今まではジャンプばかりをただただ徹底的に磨いてきた。

彼女にはとにかく「トリプル・アクセルを跳びたい!」という一心ばかりが強かった。



基礎をやらせたい佐藤コーチと、ジャンプを跳びたい真央。2人の意見は平行線をたどるばかり。

そこで佐藤コーチは、電車の例を出して真央を諭す。「今の線路のままでは新幹線を走らせることは出来ない。レールの部分から設計し直してかれでないとね」と。

普通の電車と新幹線のレールでは、その幅が異なる。新幹線の方がずっと広い。その幅こそが佐藤のいう基礎固めの部分であったのだ。細いレールのままでは出せるスピードに限界があり、高く跳ぶこともまた難しかった。



要するに「今はトリプル・アクセルを跳べない」。

佐藤コーチは真央にそう伝え、それを回避すべきだと助言した。

しかしそれでも、佐藤コーチの門下に入って一年目の真央は、トリプルアクセルを飛び続けた。そして「ミスを連発した…」。



平行線をたどったままだった2人が、ようやく歩み寄りを見せたのはコンビを組んで2シーズン目となる2011年のNHK杯。

なんと真央はフリーの演技でトリプルアクセルを回避した。そして、それでも銅メダルを獲得した。

この時、真央は初めて実感していた。「トリプルアクセルを跳ばずに、演技全体で魅せる闘い方もあるんだ…」と。



そして3年目を迎えた今季、2人の関係は明らかに進展していた。

「1、2年目は先生の考えが理解できず、私も先生もお互いに我慢していました。でも、今シーズンはコミュニケーションがうまく取れていて、私の分析と先生の意見を合わせることができるようになってきました」と真央。

これまでの1、2年目は、頭がゴチャゴチャだったという真央だが、「今は不安が消えた感じです」と表情が明るい。



「一歩引いて、自分を見る」

今シーズンの開幕前、浅田真央は2ヶ月以上の長いオフをとっていた。「一週間以上も氷から離れたのは、5歳でスケート靴を履いてから初めてのことだった」。

スケートから一歩離れた真央は、旅行をし、バレエを見て、そして本を読んだ。



「(佐藤)信夫先生ってスゴイんです! いつも本を読んでいて、あれだけ経験があるのに、さらに知識を得ようとしているなんて!」と真央。

佐藤コーチのそんな姿を見て、真央も本を読むようになった。「本には苦手意識があったんですけど」という真央も、今や新しい考えを、新しい言葉を知ることに喜びを感じるようになっている。海外遠征ともなると何冊もの実用書をバッグに入れて、移動の機内で読むようにもなったのだという。







そして迎えたGP初戦の中国杯。

浅田真央は2007年以来、5年ぶりとなる初戦優勝を飾った。

この時、真央はトリプルアクセルを跳ばなかった。「今回は彼女が自主的にトリプルアクセルを回避しました。その言葉すら出てきませんでした」と佐藤コーチ。



佐藤コーチの指導の元、ここ2年間、根気よく基礎を練習し続けてきた真央。その磨かれた基礎や全体的な滑りの完成度は「圧倒的なまでの成長」を示していた。

「ジャンプだけでなく、総合力で勝つ」

佐藤コーチが求める闘い方が、明らかな形となって現れはじめていた。



佐藤は現役時代、まだ誰も見たことがない3回転ジャンプを孤高に練習し、世界選手権で4位まで上り詰めた「信念の人」だ(全日本選手権は10連覇)。

「スケートに求められる演技とは何か?」

現役時代からずっと、「どんな演技がどう採点されるのか」ということを丁寧に分析してきた佐藤は、「スケートはジャンプだけではない。総合的なものだ」という信念を確立するに至っていた。



GPファイナルでは、4年ぶりにGPファイナル女王へと駆け上がった浅田真央。その2週間後に行わる予定の全日本選手権に向けては「欲が出た」。

「トリプルアクセルを入れたい」。真央は佐藤コーチにそう訴えた。

しかし佐藤コーチからは、無下なく「NO」の指示。



「やっぱりなぁ。ダメって言われると思ったんです」と真央。

「一言で分かってくれるようになりました」と佐藤コーチ。



「結果的に一番いい数字を残すには、どうすればいいのか」

それを常に考えている佐藤コーチは、浅田真央にトリプルアクセルを跳ばせずに、きちんと全日本選手権で優勝させた。

「ベテランになると、守ることも大事な攻撃力になるんです」と佐藤コーチ。

そういうページが今まではなかった浅田真央であったが、今の彼女は無理にトリプルアクセルを跳ぶよりも、「次に繋げることのほうが大事」ということを体感し、一歩引けるようにもなっていた。







結果として、今季前半戦は4戦全勝の浅田真央。

いよいよトリプルアクセルを跳ぶ日も近づいている。

「今季後半は成功させたいです」と真央も意欲的だ。



しかし、佐藤コーチからトリプルアクセルのGOサインをもらうには、相当の練習が必要なことも真央はもう分かっている。佐藤コーチ自身が「石橋を叩いて渡るタイプ」と自認しているから尚更だ。

あくまでも頑なな佐藤コーチに、練習で熱烈にトリプルアクセルをアピールし続ける真央。「そうしないと、先生は跳ばせてくれないから…」。



そんな健気な真央を横目に、佐藤コーチはこう言う。

「僕だって、トリプルアクセルをやらせたいんですよ。本当は僕が一番貪欲ですから(笑)。早く『よし、行け!』って言わせろって気持ちです」。



ずっと平行線をたどって来た2人の目は今、来年のオリンピックという集大成に向けて、一つの場所を見ている。

それはトリプルアクセルだ。さらに「3回転+3回転」を入れたらどこまで行けるのか?



基礎の立て直しはようやく実を結び始めた。

次に真央が大舞台の宙に舞う時、それは日本中が跳び上がらんばかりの歓喜をももたらすのかもしれない…!






ソース:Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2013年 2/21号 [雑誌]
「妖精は再び羽ばたく 浅田真央」

0 件のコメント:

コメントを投稿