「まるで暖房が効いているみたいでしたね」
ハーフナー・マイクがそう苦笑いした通り、ドーハには暖房のような温風が強く吹いていた。スタンドに掲げられた国旗は激しく波打ち、蹴り上げられたボールも風に戻される。
日が暮れても気温は33℃を超えたまま。しかも湿度が異様に低く(10〜20%)、恐ろしく乾燥した空気が時おりサンドストーム(砂嵐)を巻き起こしていた。
「日本代表の選手たちは、砂まじりの風に呼吸を苦しくさせていた」
しかし、対戦するイラク代表にとって、それは「恵みの風」でもあっただろう。きっと彼らの方が、そうした風、そうした気候に慣れていたはずである。
イラク代表にとって、日本との一戦は「負けられない戦い」。
なぜなら、この一戦に敗れれば、W杯出場の夢は完全に断たれてしまう。もし、勝ちか引き分けで勝ち点を得ることができれば、メキシコ大会以来、28年ぶりのW杯出場に望みをつなぐことができる。
必死のイラク。
「気持ち的にも相手が強く来ました」と長友佑都。
逆に日本代表は「ふわっとした気持ちで試合に入ったように思えました(長友佑都)」
前半、日本はイラクの気迫に「受け身」になっていた。
だが、「押し込まれながらも、相手に決定的な形でシュートまで持ち込まれた回数は少ない(Number)」
最後の突破を許さない日本の守備は、「最後に仕事をさせない」ものだった。カウンターを食らっても、長友らディフェンダー陣が冷静に対応できていた。
それにしても暑い。
前半35分には「給水タイム」がとられた。それは後半25分にも予定されていた。
強い追い風に乗ったイラクの攻撃は、カウンターを主体としたシンプルな縦への攻撃。
その前半戦を遠藤保仁は、こう振り返る。
「何度かミスから危ない場面はあったけど、守備からリズムをつくっていくという戦い方もあるとは思う。ディフェンス陣も辛抱強く、意思統一できていた」
この日の遠藤は、出場停止の長谷部誠に代わってキャプテンマークを巻いていた。
イラクの攻撃陣は、少々強引な力技も多かった。
ところで試合前、香川真司はこう言っていた。
「ドーハでのイラク戦、これはいろんな歴史がある。忘れちゃいけない場所」
いわゆる「ドーハの悲劇」。20年前、日本代表が初のW杯出場の夢を断たれた場所である。後半ロスタイムに致命的な得点を奪われた相手、それがイラクだった。
「後半勝負」
コート・チェンジにより、日本は「追い風」となった。前半使いづらかったロングボールも風に追われる形となる。
そして、日本の攻撃陣にもようやく柔軟性が出てくる。
「『サイドをどんどん使っていけ』という指示が出ていました。中には真司(香川)が活きる、と」。そう言う長友、「僕自身、後半からは出ていこうと思っていました」
後半25分の給水タイム、長友はベンチの本田圭佑に声をかけた。
「圭佑、外から見てどうだ?」
本田はこう答えた。「相手も前から来てる。でもバテてきてるから、スペースが空いてくる。キヨ(清武)にスペースをつくってもらって、どんどん飛び出していったほうがいいんじゃないか」
日本のエース本田は、右太モモに張りがあったこともあり、この試合を欠いていた。
後半44分。残り1分、最後の最後でついに試合は動く。
カウンターで走り込む岡崎慎司。同時に左サイドから猛ダッシュで上がってきた遠藤保仁にパスをだす。
パスを受けた遠藤はペナルティ・エリア前まで走り込み、キーパーと真正面に向かい合う。
「打つか?」と思われたが、遠藤は冷静に右の岡崎へパス。
そのボールはゴール真正面へ。そして、そこに走り込んできた岡崎慎司の右足とピタリと合った。
懸命に伸ばした岡崎の右足。ボールはきれいにイラク・ゴールへと押し込まれた!
「岡崎が決めた!!」
走りに走った岡崎。前半、顔にスパイクを食らうシーンも見られたが、彼は最後までタフだった。
「やっぱり岡崎だ!」
前回のイラク戦で決めたのも岡崎だった(W杯最終予選・第4戦)。続く第5戦・オマーン戦で決めたのも岡崎(後半44分)。
岡崎慎司はエース本田圭佑の陰に隠れがちだが、彼は苦しい時の「福男」である。岡崎が点をとった試合は、ほぼ必ず勝つ(22戦21勝1分け)。
日本代表の「本田依存症」がささやかれる中、岡崎は気を吐いてくれた。
「みんな本田に注目しているんですけど、忘れちゃいけないのは、この岡崎の活躍がこの予選でいかに大きかったかということ。大事なところで、よく獲ってくれました」と、解説のセルジオ越後さんも岡崎を称える。
試合後のインタビュー
「最後まで諦めずに走ってたんで。ヤットさん(遠藤)がいいボールくれたんで」と岡崎。
あのタイミングで遠藤からパスが来るのを、岡崎は「来ると思ってました。信じてました」と言っていた。
決勝弾をアシストした遠藤は「自分はフリーでしたし、トラップした時点ではシュートを狙っていました」と言う。だが「最後は確率の高いほうを選びました」と、岡崎への最後のパスを語った。
試合が終わっても、ドーハの気温は依然33℃という高温、湿度も27%。暖房のような風もずっと吹いていた。
その苦しい中での日本代表の勝利(1 - 0)。W杯最終予選の最後の戦いは勝利で締めくくられた。
新たな勝利の記憶。それはドーハの風とともに、悲劇の記憶を少しは薄くしてくれたようでもあった。
最後に、ブラジルW杯本選に向けた本田圭佑の言葉を。
難しいことは百も承知やし
強豪国から言わしたら
”何を言うてんねん”て言うかもしれんけど
そいつらを全部喰います。
誰が何と言おうと
優勝しか考えてないです。
(了)
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ソース:Number
「イラクを完封もブラジルに通用するか?」
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