2013年6月26日水曜日

トップ10まで、あと一歩。錦織圭 [テニス]



テニス・全仏オープン(2013)

日本のエース・錦織圭(にしこり・けい)は、「歴史」の只中にいた。



全仏ベスト16進出は、1938年の「中野文照」以来、日本人選手としては75年ぶり。

そして、次も勝ってベスト8まで勝ち上がることができれば、1931年と1932年の「佐藤次郎」による日本人最高記録と肩を並べるところにまで錦織は来ていた。



ベスト16進出を決めた試合後、「中野選手を知っているか?」と質問された錦織。

「いや、誰ですか?」と返し、「すみません。歴史は苦手なので…」と頭を掻く。

逆に言えば、それほど長い間、日本のテニス界は歴史を更新できずにいたのである。



さあ、いよいよ歴史に並びうる大一番。

錦織の前に立ちはだかったのは、世界ランク4位の「ラファエル・ナダル(スペイン)」。

悪いことに、ナダルは全仏の「赤いコート(クレー・コート)」には滅法強い。全仏では過去7度の優勝を果たし、「クレーの殺し屋」ともアダ名されるほどである(全仏オープン通算56戦中55勝、勝率98%)。

これまで錦織は、ナダルと4度の対戦をしていたが、クレーコートでの実戦は初めてだった。










「重い…」

ナダルの打ち出すボールは、手にずっしりと重い。錦織は、赤土を蹴って跳ね上がるボールの勢いに難渋していた。

「猛烈なスピンのかかったナダルのボールは、高い弾道で飛び出すが、空気抵抗で急激に下降し、コートに着地する。この種の弾道は、卵の輪郭に似ていることから『エッグ・ボール』と呼ばれる(Number誌)」



コート面に接すると、凄まじく跳ね上がるボール。

芯を外せば、たちまちラケットが弾かれてしまう。さらにコート上に吹く風が、その弾道を微妙にぶらし、余計に厄介なものとしていた。

これが、錦織が「いやらしい」と評したナダルのボールだった。



錦織の採った戦術は、対ナダル用の「定石」。

「ナダルのバックハンド側にボールを集めることで、反対のフォア側にスペースを作り、そこをバックのクロスで突く(Number誌)」

序盤はこの戦術が奏功し、第一セットを落としはしたものの、4ゲームを取ることができた。

「錦織の攻撃は正確で、ウイニング・ショットのバックハンドには切れ味があった(Number誌)」



だが、徐々に「意図通りのシーン」は少なくなってくる。

「ナダルの深いスピン・ボールは、錦織に容易にチャンスを作らせず、攻勢に転じても滞空時間の長いボールでしのがれた(Number誌)」

ナダルは「広い間合い」を好む。

「深いボール、大きく弾むスピンで相手を下がらせ、自身も後方に引いて『鉄壁の守り』を築いていく(同誌)」



ナダルの築く「牙城」は揺るぎない。

その高い守備力で、錦織のボールを次々と拾っていく。

「どんなボールでも拾ってくる強さを感じたし、そこがどうしても崩せなかった」と、試合後の錦織は話す。



錦織の得意とするスタイルは、引いて構えるナダルとは対照的に「短い間合い」である。彼のウイニング・ショットは、ネットに出て行って放つ強打やドライブ・ボレー。

後退したままでは、ナダルの「思う壺」であることは分かっている。そこで錦織は下がらずに、「ボールの跳ね上がるキワ」を捕らえていった。ナダルの強烈なスピンを見事に抑え込んで。

ナダルは試合後、「彼には『早いタイミングでボールを捕らえる能力』がある。簡単なことではないのに、彼は易々とやってのけた」と感嘆している。



しかし、なかなか中に入らせてもらいない錦織。ナダルの球足の長いボールに押し下げられる。

コート内に侵入していけないことは、錦織の「あせり」にもつながり、強引に打ちにいったエラーも目立ちはじめる。

「間合いを獲り合う陣取り合戦は、ナダルが圧倒的に優勢だった(Number誌)」



じつはナダルも、「短い間合いでの錦織の怖さ」は十分に承知していた。過去4度の対戦で、ナダルは錦織の非凡な攻撃力を警戒するようになっていたのである。

リターンの名手であるナダルは、錦織がサーブを決めても、容易には得点に結び付けさせなかった。錦織のファースト・サーブが入った時の得点率は53%。これは一流の目安とされる70%よりもずっと低かった。










「完敗でした…」

クレーコート・キングの異名もとるナダルの牙城は、恐ろしくも強固であった。

「どのサーフェス(コート面)より、クレー(赤土)は一番強かったという印象です」と、錦織はその敗戦を振り返る。



クレー(赤土)コートというのは、多くの日本人選手にとって鬼門であり、簡単に言えば「滑りやすい」。日本人はむしろ「芝のコート」を得意とするのである。

だが、ナダルのようにスペインで生まれ育った選手にとっては、クレーはむしろ普通の環境であり、滑りながらも強烈なショットを打ってくる。

「このサーフェスでは、明らかに分が悪いが、手も足も出ない敗戦ではなかった。ナダルが大会序盤のような不調だったら…、錦織が思い切って間合いを詰める戦術をとっていたら…、と、いくつもの可能性が想定できる(Number誌)」



錦織は自身のブログに、「もうちょっと前に入っていって、バックのクロスやカウンターなどを使っていきたかった」と書いている。

ボレーの技術がある錦織は、中に入っていく回数を増やして、ドライブ・ボレーやドロップ・ボレーでもっとナダルを揺さぶることができたかもしれない。

やはり「間合いを詰められなかったこと」は錦織の敗因であり、逆に自分の深い間合いを保ったナダルは非凡であった。最終的にこの大会(全仏オープン)を制したのは、当然のようにこのナダルであった。










ベスト16でナダルに敗れた錦織は、日本テニス界の歴史に並ぶことはできなかった。

だが、世界ランキングを15位から「11位」にまで上げ、自身の悲願としてきた「トップ10入り」が目前に迫った(世界ランクに関して、錦織は日本人選手の最高記録を着々と更新し続けている)。

試合後、ナダルは錦織に最大級の賛辞を送っている。「僕は、彼(錦織)が間違いなく世界ランクのトップ10に入る選手だと思っている。彼は多くの性能をもった選手であり、向上し続けている」



さらに高い錦織の目標は、ナダルを含む「ビッグ4」、世界ランク不動の上位4選手を打ち負かすことである。先のマドリードでは、その四天王の一人、世界ランク3位のフェデラーを破るという「大金星」を錦織は挙げている。

だが、今回のナダル戦で思い知らされたのは、「ビッグ4には、メンタル面での駆け引きを制して勝たなくてはならない」という難しさである。

試合後、錦織は「気持ちの面で粉砕されてしまった。もう少しメンタル面でもタフにならなければいけない」と苦い表情で話していた。



 世界のトップ10入りは、テニスの聖地「ウィンブルドン」に持ち越された錦織。

ウィンブルドンの「芝のコート」は、クレー(赤土)に比べてバウンドが速い。それはすなわち、「隙あらばネットへ」という速攻に有利に働く。



錦織は言う

「芝では短い時間で、攻められるのでチャンスがある」と。



その一回戦、錦織は世界ランク110位のエブデンに「格の違い」を見せつけて一蹴。試合時間わずか1時間41分で初戦を片付けた。

2回戦では、世界ランク84位のレオナルド・メイヤー(アルゼンチン)が待っている(6月26日現在、ウィンブルドン開催中)。













(了)






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ソース:Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2013年 6/27号 [雑誌]
「ナダルが浮き彫りにした実力。 錦織圭」


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