2013年9月13日金曜日

賢くも無事。守り堅きイチロー [野球]



「イチローは『怪我をしない』とみんな言う。丈夫だって感心する。でも、ボクから言わせたら、そうやない」

福本豊(ふくもと・ゆたか)は、そう話し出す。

「しっかい、身体のケアをしているし、『怪我をしないようなプレー』をしている。だから、いつまでもあれだけのプレーができる」



現在は評論家である福本豊氏は、現役時代、13年連続・盗塁王、通算208ホームラン。その俊足と長打力で阪急黄金期に活躍した名選手である。

その福本氏の持っていた通算1,065盗塁という記録を塗り替えたのが、イチローである。



福本氏が感心するのは、イチローが「危険なことはしない」ということである。

「とくに感心するのはスライディング。絶対に頭からは滑り込まんでしょう。尻や背中を使わずに、体の横で滑り込んでいる。だからベース近くになってもスピードが落ちないし、スピードが落ちないからすぐに立って次の塁も狙える。頭から突っ込むのは派手やけど、そこでプレーが止まるし、怪我の原因にもなる」

「守備でもそう。前の飛球をギリギリで取るときも、絶対に頭からは行かない。足から行ってスライディングしながら取ってる。あれなら落ちたショックで故障することもないし、手首が反って骨折することもない。落ちた衝撃で選手生命を縮めた選手もおるからねぇ」



「だいたい、頭から突っ込んで捕球するなんてファインプレーとは言えないんや。2歩3歩しっかり走れば追いつける。足を使えばファインプレーに見せないで好いプレーができる。イチローはそれを実践しているね」と福本氏は言う。

この点、田口壮(たぐち・そう)も同じような感想を抱いていた。

「彼(イチロー)のファインプレーの印象はあんまりないなぁ。どんなプレーでも当たり前にできてしまうので、ファインプレーに見えないんですよ」



走塁や守備で「頭から行かない」イチロー。あくまでも足を使う。

福本氏は「賢いからケガがないんや」と言う。なるほど、イチローは「頭を使って、頭を使わない」のであった。

イチローいわく、「プロ野球選手は、怪我をしてから治す人がほとんどです。しかし、大切なのは怪我をしないように普段から調整することです。怪我をしてからでは遅いのです」



「無事これ名馬」

39歳にして躍動し続けるイチロー。同じ39歳、ヤンキースの名選手デレク・ジーターは今季、ケガのためにほとんど試合に出ていない。

以下、プロ22年目となるイチローのデータを紐解いてみる。



先頃、イチローの達した日米通算4,000本安打のインパクトが強いものの、残念ながら近年の打撃成績は下り坂である。

Number誌「10年連続で達成していた年間200本安打も、打率3割も、ここ3年間は届かなくなっている。fWARの構成要素のうち、打撃だけだとイチローはマイナス12.7ポイントで平均以下でしかない」

※「WAR」というのは選手のパフォーマンスを判定する総合指標であり、代替可能な選手(メジャーの底辺レベル)と比べて「どれくらい勝利に貢献しているか」を示す数字である。それにはbWARとfWARの二種がある。



現在のイチローが真価を発揮しているのは、その「堅い守備力」である。

UZRとDRSという2つの守備指標を見ると、イチローはUZRがプラス10.7(メジャー4位)、DRSがプラス11(メジャー4位)と安定的に好成績である。この両指標はいずれも「守備範囲に飛んできた打球を、平均的な選手と比べてどれだけ多く処理したか」を物語っている。

Number誌「ものすごく単純に言えば、今季のイチローは平均的な外野手より10点以上も多く失点を防いでいるわけだ」



かつてマリナーズ時代、イチローが攻守を連発するその守備範囲(ライト)は「エリア51」と呼ばれていた。それは厳重な警戒態勢で知られるアメリカ空軍基地にちなむものだった(「51」はイチローの背番号)。

日本のオリックス時代を、田口壮はこう語る。

「(外野からホームへの返球を)レーザービームと驚かれたように、肩が強いことは言うまでもないんですが、彼の捕球・送球には変なクセというか欠点はなかったですね。イチローは投手出身だから、きれいな回転のボールを投げることができる。送球の質が良いんです。肩の強さに加えてボールの質もいいので、受ける方からするとこんな有り難い外野手はいませんよね」



田口は続ける。「40にもなるイチローが依然として守りに就いて、しかもチームを救うようなプレーをしばしば見せている。メジャーの外野は一見きれいですが、けっこうデコボコしていて足を取られたり、打球が変わったりすることも多い。その中で平然とやっているんですから」

現在、米メジャーでイチローよりも守備指標(UZR, DRS)の良い選手は、当然ながらみんな年下。ベテランといわれるビクトリノでさえ、まだ32歳であり、ケイン、レディック、エルズベリーに至っては20代である。

Number誌「通常では肩や足の衰えが進んでいるはずの39歳でも、若い選手たちに負けずにイチローがハイレベルな守備力を維持しているのは、驚異的と言ってもいい」



先のWARの指標でイチローは、守備でプラス13.1ポイント、さらに走塁でもプラス4.4を稼いでいる。つまり「守備と走塁能力に秀でた選手」と判定されている。

「走れるうちは大丈夫」と、福本氏は言う。「40になるそうやけど、足のある選手はいっぺんにガタッときたりはせんもんです。まだまだやれると思いますよ」













(了)






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ソース:Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2013年 9/19号 [雑誌]
「福本豊も舌をまく、クレバーすぎる『走塁術』」
「セイバーメトリクスで読む、39歳の『衰えぬ輝き』」
「田口壮が神戸で見た『レーザービーム』の原点」


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