「Que Puerto Rico!(なんて美しい港なんだ!)」
コロンブスは、その島の港に入った時、そう叫んだという。
それが現在の「プエルトリコ(Puerto Rico)」、スペイン語で「美しい港」という意味である(英語にすれば、Port Rich)。
プエルトリコは国のようでいて「国ではない」。
正確にはアメリカ合衆国の一部(自治連邦区・コモンウェルス)。かつてはフィリピンも、1946年にアメリカから独立するまでは、このコモンウェルス(自治連邦区)だった(現在はプエルトリコおよび北マリアナ諸島の2地域のみ)。
コモンウェルス(Commonwealth)においては、内政は認められるものの主権はなく、国防や外交はアメリカが行うことになる(法律もアメリカの法に準ずる)。アメリカの下院に代表者は送っているが、プエルトリコ市民にアメリカ大統領への投票権はない(税金も納めていない)。
美しいカリブ海に浮かぶ、このプエルトリコという小さな島は、人口わずか375万人。
日本でいえば静岡県と同程度の人口。面積では静岡より一回り大きく、およそ鹿児島県くらい(平均気温は沖縄・石垣島ほど)。
そのプエルトリコに、WBC準決勝、日本代表・侍ジャパンは敗れた。
「ほとんどアメリカ」というプエルトリコ代表には、大物大リーガーがその名を連ねていた(優勝したドミニカ共和国とならんで、プエルトリコも野球選手の名産地だ)。
C.ベルトラン(カージナルス・年俸12億3,500万円)、Y.モリーナ(カージナルス・年俸6億6,500万円)、A.リオス(ホワイトソックス・年俸11億8,750万円)…。
皆、大物バッターであるが、チーム打率は「.216」と、出場16カ国中12番目に過ぎなかった。ホームランも大会を通して2本だけで、4強まで残ったチームの中で最も少ない。
投手陣はというと、そこに大物大リーガーの名前はなかったものの、チーム防御率は「2.88」と、全体で4番目の好成績だった。
結果的に準優勝を果たしたプエルトリコは、大会中9試合を戦って5勝4敗(勝率55%)。2次ラウンドでは敗者復活戦からの泥臭い勝ち上がりだった。
「そんな中で準優勝できたのは、『肝心の試合で接戦をものにしたから』だった(Number誌)」
1回あたりに許した平均走者数(ランナー)は「1.26人」。日本よりも多い。それでも得点に結びつく「適時打(タイムリーヒット)」は滅多に許さなかった。
「日本戦でも見せた内野の守備力と、投手陣の的確な継投(リリーフ)。これがプエルトリコの特長だったといえる(Number誌)」
アメリカ合衆国のパスポートを持ち、米ドルを使うプエルトリコ市民(しかし英語はほとんど使わない)。
アメリカに住んでいる選手も多く、アメリカ市民としての意識も高いという。
かつては「アメリカ51番目の州」になることを拒んでいたというプエルトリコ市民も、痛烈な財政破綻を体験してからは、住民投票でも州昇格の票が多数を占めるようになっている(2012年11月)。
今回のWBCは、ドミニカ共和国、プエルトリコといったカリブ海の小さな国々が大いに名を馳せることとなった。
その一方、親方アメリカは「WBC代表を辞退する選手も多く、3大会でまだ決勝にも進出していない」。
国内の大リーグの方がずっと大事なアメリカの選手は、さほどWBCには食指を動かさない。
もし、プエルトリコがアメリカになれば…。
「元プエルトリコ」の選手たちも、そうなってしまうのだろうか…?
(了)
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ソース:Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2013年 4/18号 [雑誌]
「人口375万人の強豪 プエルトリコ」
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