「強いのか、弱いのかよく分からない(Number誌)」
そう評されるのは、ドイツ王者「ドルトムント」。昨季まで香川真司のプレーしていたチームである。
ドイツのサッカー・リーグであるブンデスリーガを2連覇中ながら、今季は不調に悩まされ、ライバルのシャルケには2連敗。現在2位に甘んじている(首位はバイエルン)。
ところが、欧州CL(チャンピオンズ・リーグ)では絶好調。
グループリーグでは、レアル・マドリー(昨季のスペイン王者)、マンチェスター・シティ(昨季のイングランド王者)に勝利して首位突破。
ベスト4の第1レグでも、再び顔を合わせたレアル・マドリー(スペイン)に、またもや圧勝(4−1)。決勝進出へ向けて、大きく前進している。
予測不能のドルトムントを率いるのは「クロップ監督」。この45歳の戦術家は、ケルン体育大学の講演で、こう言っていた。
「サッカー界において最も優れた司令塔は『グーゲン・プレッシング(Gegen-Pressing)』である」
「グーゲン・プレッシング(Gegen-Pressing)」とは?
あえてドイツ語表記となっているのは、日本サッカー界にはまだ、この語に相当する専門用語がないからだ。
グーゲン・プレッシング(Gプレス)とは、「自分たちがボールを失った瞬間、すぐにボールを奪い返そうとするプレスのこと(Number誌)」
つまり、「ボールを奪われた瞬間、奪い返す」ということだ。
クロップ監督は講演を続ける。
「ボールを奪うのに最も好都合な瞬間は、自分たちがボールを失った瞬間だ。Gプレスを実行することで、理論上、どんな相手でも倒すことができる」
攻守が変わる瞬間、相手の陣形は乱れている。そのスキを突けば、相手ゴールに一気に迫ることができるというのだ。
クロップ曰く、「ロングボールは、Gプレスへの招待状」。
ロングボールがもし相手に渡ってしまっても、すぐにGプレスをかけて奪えば良い。それが成功すれば、逆に大きなチャンスが開けるのだから。
「普通のチームだと、ボールを失った選手はガックリと肩を落とすだろう。しかし、ドルトムントでは、そんな振る舞いは許されない。すぐさまGプレスをかけなければいけない」と、クロップ監督は力説する。
Gプレス成功のカギは、即時の反応。必要とされるのは、瞬間的な方向転換。
通常のプレスよりも遥かにハード。並大抵の運動量ではない。
Gプレスを成功させるために、クロップ監督の練習は熾烈を極める。
「地獄のチャッキー・ラン」と呼ばれるトレーニングでは、数メートル間隔で置かれたコーンの間を前後左右にダッシュ。心肺機能の限界まで追い込まれる。
「新人選手がチャッキー・ランで潰れるのが、ドルトムントの通過儀礼だ(Number誌)」
しかし、Gプレスは「諸刃の剣」でもあった。
「ボールを奪えなかった時は、自分たちの陣形も崩れているため、ピンチになりやすい(Number誌)」
ドルトムントのGプレスと実際に対決した酒井高徳(シュツットガルト)は、こう話す。
「Gプレスを一つ外すと、結構もろい印象があります。後ろがズレていて、こちらのビッグチャンスにもなるんです」。
岡崎慎司(同シュツットガルト)もまた、「ドルトムントは選手たちが若いからか、オレがオレがという印象が強くて、みんなが点を取りたがっている。だから簡単に失点するシーンがあるんですよ」と話す。
若いから走れる。だからGプレスが機能する。しかし、少しズレてしまうと、脆くも崩れ去る。
そんなGプレスの強さと脆さの両面は、CL(チャンピオンズ・リーグ)の準々決勝、対マラガ戦で両方見られた。
ドルトムントの1点目は、まさにGプレスの戦略通りだった。
「右サイドで一度はボールを失いながらも、すぐに奪い返し、鮮やかなパスがつながり、レバンドフスキがGK(ゴールキーパー)をかわしてシュートを決めた(Number誌)」
だが試合は、脆さを露呈したドルトムントが1点ビハインド(1対2)のまま、後半ロスタイムに突入。もはやドイツ王者の敗退は決まったようなものだった。
「だがロスタイムの91分、ロングボールのこぼれからロイスが1点を返して同点。さらにその2分後、クロスの混戦状態からサンターナが決勝弾を押し込んだ(Number誌)」
あまりにも泥臭い、土壇場の大逆転勝利であった。
試合後、クロップ監督は興奮を抑えきれないように、こう語っていた。
「CL(チャンピオンズ・リーグ)における最もひどい試合だった。しかし、選手たちは最後に試合をひっくり返してくれた」
ドルトムントの主力をみると、20歳のゲッツェ、22歳のギュンドガン、24歳のフンメルスと若手が多い。その勢いが、CLに奇跡を起こしたのであった。いい意味でも、悪い意味でも「勢い次第」であった。
そして迎えたCL(チャンピオンズ・リーグ)準決勝、レアル・マドリーとの第1レグ。
なんと、クロップ監督はGプレスを封印していた。
「相手チームが自陣に入って来ても、勢いよくボールを奪いにいくことはほとんどない。ボールを持つ選手を相手にしても飛び込まず、腰を落としてコースを限定する(Number誌)」
ドルトムントはまるで自陣でゾーン・ディフェンスを敷いているかのようであった。
Gプレスのように、敵のボールホルダーへのアタックがなくなっていた分、選手の運動量は減り、攻撃への移行にも以前ほどの勢いはなかった。
それでも勝った。スコアは4対1。前評判の「格上と目されるスペインのチームに、ドイツのチームが挑む」という図式はどこへやら。まったくの圧勝であった。
「クロップの監督としてすの優れた資質は、成功体験に固執せずに、コンセプトを柔軟に変えていけることだろう(Number誌)」
昨季の主力選手であった香川真司が抜けたことも、クロップ監督に柔軟性を強いていた。「香川はトップ下でも守備面でも大きな貢献をしていたんだ。香川がいなくなったことで、Gプレスの強度がやや落ちたと思う」。
ドルトムントがグループリーグを首位で突破した時、敵将であるレアル・マドリーのモウリーニョ監督は、こう言っていた。
「(ドルトムントには)CLで優勝する力がある」
準決勝で再びドルトムントと相対することとなったモウリーニョ監督は、そのドルトムントにまたしても臍を噛まされた。そして、決勝への道をドルトムントに明け渡そうとしている…。
※ホームとアウェーで2回行われるCL準決勝の第2レグは、4月30日。今度の対戦は、レアル・マドリーのホーム。ドルトムントにとってはアウェーの対戦となる。
(了)
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ソース:Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2013年 5/9号 [雑誌]
「クロップ&ドルトムント Gプレスを仕掛けろ」
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