F1第2戦、マレーシアGPの表彰台は「重たい空気」に覆われていた。
「勝ったベッテルと、敗れた2位のウェーバーは、視線を合わせようとしなかった(Number誌)」
言っておくが、ベッテルとウェーバーは同じチーム(レッドブル)。本来なら、ワンツー・フィニッシュを決めた両者は、喜びを分かち合ってよいはずだった。
レース後に両者が臨んだ記者会見もまた、「張り詰めた空気」の中で行われた。
今季初勝利となったベッテルは、「愚かなことをした…」と、自らを厳しく責めていた。
「間違いを犯したとしか言えない。もう一度やり直せるなら、絶対にあんなことはしない…」
そうコメントしたベッテルは、ひどく後悔しているようだった。
いったい、ベッテルはどんな「間違い」を犯したというのか?
それは、レース終盤の46週目、第4コーナーでの出来事だった。
2位につけていたベッテルは、前を走るチームメイトのウェーバーを「ロックオン」。そして、すかさずアウト側から抜き去って、自らがトップに立った。
じつはこの時、レッドブル・チームからは「順位キープ」の暗号指令が下されていた(43週目)。チームとしては、どちらがトップでも構わない。ただ、2人が無理に争って間違いが起こるのだけは避けたかった。
つまり、ベッテルは抜けるからといって「首位のウェーバーを抜いてはいけなかった」。だが、ベッテルは無線の指示を無視して、無理なオーバーテイクを仕掛けてしまったのだった。
それはレーサーとしての「本能」だったのか?
頭では理解していても、スキを見た瞬間に、身体が勝手に動いてしまったのだろうか。
たとえチームに飼われているとはいえ、ベッテルは「一個の虎」だった。
一方、通算10勝目のチャンスを奪われた形となったウェーバー。さすがに怒りを禁じ得ない。
「チームから指示が入り、2人で争うなと言われたんだ! だから、僕はエンジンの回転数を落としたんだ!」
F1のレースにおいて、チームの2人がともに好位置につけている場合、不測の事故を防ぐために、争うのをやめて、そのまま順位を維持するように指示が出ることは珍しくない。
現に3位に入ったハミルトンも、チームメイトの4位ニコとの「順位キープ」の指示を受けて、両者ともにその順位をキープしたままゴールしたのであった。
「チームはタイトル争いのことを考えて、順位を保つのが適切だと判断したのだろう」とハミルトンは言っていた。
しかし、オーバーテイクを制止されて4位に甘んじたニコは、たとえチームのためとはいえ、苛立ちを隠せずにいた。
個の争いであると同時に、チームの争いでもあるF1。
勝ってはいけなかったのに勝ってしまったベッテルは、レース直後、チームのみんなに謝罪した。「チームよりも自分を優先してしまったから謝ったんだ」とベッテルは言っていた。
ベッテルは今のレッドブル・チームに移籍後、じつに3年連続のF1ワールドチャンピオンに輝いている(2010・2011・2012)。それは、このチームが彼に最速のマシンを授けてくれたからでもあろう。
しかし、チームには謝罪しても、「勝ったことについては謝罪しない」とベッテルは言い切った。
「そもそも、僕が何のために雇われているのかといえば、それは『勝つため』だと思う。僕は勝つためにこのチームにいるんだ。だから、その通りにしたんだ」と、ベッテルは強く主張した。
勝つことこそが虎の本能だ、そう言わんばかりに。
相矛盾した勝利。
勝つために勝つのは当然だが、時には勝つために負けることも、チームからは求められる。時にチームは、目の前にブラ下がった生肉を食うなと、虎に命じるのだ。
だが、虎の本能をむき出しにしてしまったベッテルには、「勝つために負けること」ができなかった…。
F1において数々の最年少記録をもつベッテルは、まだ25歳。
負けられるほどに熟するには、どうにも熱すぎるようである。
かといって、熟してしまうには、まだもったいない…。
(了)
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ソース:Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2013年 4/18号 [雑誌]
「チームオーダーを巡るF1不協和音」
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