2013年4月3日水曜日

「やり通す男」本田圭佑。石巻のフットサルコート



東日本大震災から約3ヶ月後の2011年6月。

本田圭佑は宮城県女川町を訪れた。

そして、言葉を失った…。



じつは本田、震災直後、赤十字を通して寄付を行なっていた。

そしてさらに、榎森亮太氏とともに災害支援基金を立ち上げ、義援金を募ることにした。



「集まった義援金を、何に使うか?」

本田圭佑の出した結論は、「フットサルコートを寄贈する」というものだった。



多くのスタッフは、本田の考えに反対した。

「放射線の影響も懸念される。土を掘り起こすのはいかがなものか…」



しかし本田は「やると決めたら絶対にやり通す男」。

ならばと、榎森氏は「本田の意思」を形にするために、一年間奔走した。



フットサルコートの建設を快く受け入れてくれたのは、石巻市。

建設にかかった費用は1,800万円。集まった義援金(1,361万9,065円)では、その額に至らず、残りは本田本人が出資することになった。



そして誕生した「ホンダファミリア・フットサルコート石巻(照明付き)」。

今月(4月)1日にオープン。小学生には無料開放(夜間のみ照明実費1時間500円)。



「それでは運営にならないよ」

そう言って、石巻市の人たちは苦笑していた。

それでも、「子どもたちの為ならば」と実現したのである。



本田はその贈呈式(3月3日)に、子どもたちへとメッセージを贈った。

「夢を強く持って下さい。それも大きな夢を。

 人の夢を笑わずに応援して下さい。

 僕は君たちを応援しています。いつか必ず、君たちの夢が叶うことを」








(了)



関連記事:

本田圭佑の「ノー」。先を走る「自分」

「オレが突き抜けなアカン」。本田圭佑(サッカー)

「サッカーやろうよ!」、その想いに導かれ。本田美登里と宮間あや



ソース:Number (ナンバー) WBC速報号 2013年 3/30号 [雑誌]
「ホンダファミリア フットサルコート石巻」

0 件のコメント:

コメントを投稿