2013年2月11日月曜日

日本人っぽくない? 羽生結弦18歳(フィギュアスケート)



「なんという才能だろうか…!」

羽生結弦(はにゅう・ゆづる)を初めて目にしたドイツのジャーナリスト、タチアナ・フレイドは思わず唸り声を上げていた。

それは今から4年前のソフィア世界ジュニア選手権(2009)。この大会、結果的に12位に終わった羽生であったが、のちに開花する大華の片鱗は確実にあった。20年以上フィギュアスケートを取材してきたフレイドには、それが痛いほどに見えていた。

「長年フィギュアスケートを見ていると、『これぞという逸材』はすぐに分かるんです」とフレイド。



フレイドが見抜いた通り、羽生結弦(はにゅう・ゆづる)は翌年のハーグ世界ジュニアで初のタイトルを獲ることになる(日本男子として史上4人目)。

そして、ジュニアからシニアに上がってからわずか2年後、羽生は早々に世界の表彰台の上に立つ(ニース世界選手権・銅メダル)。この時、羽生はまだ17歳。日本男子最年少記録であった。

「高橋大輔も小塚崇彦も、世界ジュニアチャンピオンになってからシニアの世界の表彰台に到達するまで、5年の年月を要している」というのに…。



「日本の男子にしては珍しい、早熟な選手だと思いました」と、前述のジャーナリスト、フレイドは語る。

ロシアやカナダ、アメリカからは、ごくたまに10代で完成品に近い天才肌も出てくることがある。しかし、これまでの日本の男子選手は、羽生結弦ほどに早熟ではなかった。

若いころは、演技に"はにかみ"や照れが滲み出てしまう。それが経験を重ねるにつれて、ジャッジや観客に視線を向けられるようになり、堂々と表現できるようになる。そうした「はにかみや照れ」は若い日本人選手ほど、滲み出やすいものでもあった。



ところが羽生は、「まるで何かの存在が、まだ高校生の彼の体を丸ごと乗っとってしまったかのように」、熟した演技をいきなり見せてきた。

「全くためらうことなく、身をすべてに委ねてしまう。ああいう滑りを見せる選手は、他にはいない」と、羽生のコーチ、ブライアン・オーサーも舌を巻く。







「なぜ、他に類を見ないほどのペースで、成長し続けられるのか?」

そう問われた羽生結弦は、簡潔にこう答えた。

「心を開いているから」

自分の心を正直にさらけ出す。そして、見たもの感じたものの全てを吸収する。

「心を開いていなきゃ、何も吸収できないし、面白くないでしょ」、そう羽生はサラッと言ってのけた。



彼は「自分の弱さ」を見せることも、ためらわない。

今季GPシリーズの初戦となったスケート・アメリカ。ショートで4回転を成功させた羽生は、世界歴代最高点(当時)を叩き出して、首位に立っていた。

しかし、「ショートでの高得点は、羽生にとって鬼門であった」。

過去、ショートの高得点に浮ついて、フリーの演技でミスを連発することも少なくなかった。2年前の全日本選手権で総合4位に終わり、世界選手権の出場を逃した時もそうだった。



その苦い経験が頭にチラついて離れなくなった羽生は、夜中だというのにランニングを始めていた。

「それは異様な光景だった」

普通の選手は翌日のフリーに備えて、ホテルで身体を休めている。それなのに、羽生ばかりは何とか無心になろうと、走らずにはいられなかった。それは「自分は平常心じゃないですよ」ということを、敵方に知らせているようなものでもあった。



残念ながら、翌日のフリーは、その弱さが明るみ出た形に終わってしまう。

「負けちゃった…」と羽生。

フリーでは3度も転倒し、まさかの総合2位に転落してしまったのだ。



頭の冷えた羽生は、試合後、持ち前の鋭い観察眼で自らを分析しはじめた。

「(ショートで世界歴代最高得点が出たのは)滑りが良くなったわけじゃない。プログラムが良いことと、スケートの技術点が上がっただけ。これは仙台時代の練習成果の続きに過ぎない」

世界最高点は出たものの、彼は自分の滑りがまだまだ「世界のトップになっていない」と、冷静に断じていた。



「僕はまだ基礎がなくて、うわべだけで演技している…」

基礎がないために、ジャンプでミスをするとガタガタになってしまうのであった。



その弱点を、羽生のコーチ、ブライアン・オーサーは初めから見抜いていた。

「ファンデーション(基礎)が大事だ」と、ブライアンは羽生に繰り返し言い聞かせていたのである。

ブライアンが羽生に与えた課題は「基礎スケーティング」。それは氷上のピラティスとも呼ばれるエクササイズで、滑りながら身体の位置を次々に変えていく。ブライアンの指揮する全選手が、各セッションの終わりに必ずこれを一緒に行うのだ。



日本にいた時は、派手なジャンプしか練習していなかった羽生にとって、ブライアンの重視する基礎練習は退屈であった。

「ジャンプの方が目に見えて成長するし、点も取れるのに…」と、カナダに来たばかりの羽生は心のどこかで不満を燻らせていた。

それでも毎日基礎を練習するうちに、「滑っている風の感触とか、氷を押している感じ」が心地よく感じられてくる。そして、基礎が固まってきたことにより、ジャンプの成功率が向上してきた。



今の羽生は、謙虚にファンデーション(基礎)を繰り返す。

「毎日、ファンデーションって言われます。でも僕としては、化粧水して、乳液つけて、くらいのレベル。ファンデーションどころじゃありません(笑)」と羽生。



良くも悪くも「むき出し」の羽生結弦。

「ユズルは一か八かで試合に臨んでいる。行き当たりばったりだ」と、コーチのブライアン・オーサー。

一方、「彼ほど、練習でもショーでも試合でも100%を出し切る選手は知りません」と、練習仲間のフェルナンデス。「ユズルを見ると、自分のやる気が出ない時でもダラダラしていられない、と思うんです」



心を開いたままの羽生は、感情がそのまま演技になっている。

地元宮城で開催されたNHK杯において、自身のもつ世界最高点を塗り替えた羽生はガッツポーズに満面の笑み。

「めちゃくちゃ喜んでおきました」と羽生。



時には、ライバル心をむき出しにもする。

「(高橋)大輔さんに比べたら、楽な心境です」と、一見挑発的な発言が飛び出すことも…。思わず、高橋も苦笑いだ。

ハビエルに破れたGPファイナルでは、「1位じゃなかったのがショック!」と悔しさを全面に表した羽生。「カナダに帰ったら、お互いバチバチ火花を散らしながらの練習になると思いますよ!」

ちなみに、羽生とハビエルは同じブライアン・コーチの指導を受けている練習仲間でもある。



「ミッション、コンプリート」

コーチ、ブライアンは羽生にそう囁き、可愛くウィンクしてみせた。それは、全日本選手権で羽生が初優勝を決めた時のこと。

表彰式では、表彰台の真ん中にピョンと飛び乗った羽生結弦18歳。この大会は、高橋大輔、小塚崇彦、無良崇人、織田信成、町田樹…、並み居るGPシリーズのメダリストを抑えての優勝であった。



試合後、羽生はこんなことを言っていた。

「今までは、自分のスケートって淡いパステル色みたいにぼやけてた。でも今は、こんな色を表現したい、自分はこんな感情なんだ、という心が見えてきたんです」



「ユズルは優勝することしか考えていなかった」

コーチのブライアンは、全日本選手権をそう振り返る。

「これはチャンピオンにとって大切な資質なんだ。ユズルは他の日本人選手とはちょっと違うようだ。いずれは世界のベストになれるスケーターだと思う」



いまや次期オリンピック金メダリストとして、世界中から熱視線を浴びる羽生結弦18歳。

「オリンピックに行くまでに、選手たちは背中のバックパックにプレッシャーという石をたくさん詰めて背負う。メディアやファンなど、いろいろな人たちが石を足していくんだ」と、コーチのブライアン。

ブライアン自身、現役時代は非常に強い選手であり、世界選手権のメダルを6個、オリンピックでのメダルを2つも持っている。



そんなブライアンは、「ユズルはまだ、オリンピックのプレッシャーの怖さというものを知らない」と感じている。

しかし、それはオリンピック初出場となる羽生にとっての「大きな武器」でもある、とブライアンは考えている。

「キム・ヨナもそうだったが、プレッシャーの怖さを知らないからこそ、余計なことを考えずに、自分の演技にキチンと集中できるはずだ」とブライアン。



来年のソチ五輪では、まだ19歳の羽生結弦。

彼の目標は、さらに4年後の平昌オリンピックにまで向けられている。



羽生結弦というスケーターは、どんな高みにまで到達するのであろうか。

この若者は一体、どれだけの可能性を秘めているというのか?








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ソース:Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2013年 2/21号 [雑誌]
「18歳、果てしなき欲望 羽生結弦」

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