2013年3月13日水曜日

女王・里谷多英(モーグル)のラストラン



オリンピック会場でシャンパンを「一気飲み」。

それは長野五輪で金メダルを獲った「里谷多英(さとや・たえ)」。スキー・モーグルの選手である。

「金メダリストが『その場で祝杯をあげた』のは、初めてではなかったか…(Number誌)」







彼女が初めてオリンピックに出たのは、まだ高校生の頃(リレハンメル)。

「高校生なのに緊張した様子もなく、果敢にコブを攻めて11位になった(同誌)」



長野で金メダリストになった後、ソルトレークでは「銅メダル」を獲得。

「前々シーズンの骨折などで、好成績は無理だろうと思われていたが、ケガに強い肉体的なタフネスぶりを見せつけた(同誌)」



4度目のオリンピックとなるトリノでは、15位。

「腰痛がひどくなったりして、出場さえ危ぶまれた中での15位だから、大健闘といってよい(同誌)」

このオリンピック前である、週刊誌に取り上げられるような「暴れ方」をして、自ら強化指定を外れたのは…。



先行きの暗くなりつつあった里谷多英。

その代わりに、メキメキ台頭してきた選手が「上村愛子(うえむら・あいこ)」であった。

「里谷には、上村を追いかけるメディアへの腹立ちや、上村への対抗心もあったのかもしれない…(同誌)」







それでも、里谷は自身5回目のオリンピックとなるバンクーバーのスタート台にも立っていた。

その決勝の滑走。

「メダルはほぼ無理という順位で決勝に臨んだが、猛烈に攻撃的な『暴走と紙一重の滑り』で第2エアまでブッ飛ばし、そこで転倒して終わった…(同誌)」



振り返ってみれば、予選11位から優勝した長野オリンピックでも、里谷の滑走タイムは上位選手中トップであり、「スピードが飛び抜けていた」。

彼女の自負は、そのスピードにあったといえる。

トリノ五輪のあと、里谷は「私はスキーがうまいから」と自信満々であった(結果は15位だったが…)。彼女の言う「うまさ」とは、取りも直さずその「スピード」にあったのだろう。



「スキーもスケートも板やブレードのような『スピードを増幅させるモノ』の上に乗って競技をする。地上から離れた異次元のスピードの世界で、いかにコントロールを失わずに、しかも人より速く動けるかが冬の競技の基本的な構図だ(Number誌)」

里谷の誇るスピードは、「冬の競技の本質」に他ならない。エアなど演技の得点は二の次だったのだ。



今年の里谷多英は、もう36歳になっていた。

それでも彼女は、来年のソチ五輪を視野に入れていた。

「それを聞いたとき、『そんなの無理だろう』と考えていたが、彼女は本気で準備をし、その前段階であるワールドカップ出場を狙っていた(同誌)」



しかし、彼女は自覚した。

自分の「うまさ」が、その水準に届かなくなってしまっていたことを…。



そして今年2月、里谷は猪苗代で「ラストラン」に臨むことになった。

その前日の引退会見、里谷は「あまり良い滑りはできないと思う…」と自信がなかった。

その言葉は現実にもなった。コース途中からスタートしたラストラン、里谷はエアでバランスを崩す「冷や汗のゴール」。



「ひどい滑りを見せてしまってゴメンナサイ…」

最後に里谷は声を震わせながら、そう謝った。この言葉は、一緒に引退した男子選手がスポンサーやファンへの感謝を淀みなく述べたのとは対照的だった。

それはそれだけ、彼女がスキーの「うまさ」に最後までこだわり続けた証のような言葉であったともいえる。



冬季オリンピック日本女子初の金メダリスト、里谷多英。

そのラストランでは、懐かしき長野五輪で使ったゼッケンを着けていた。

滑走後、花束を手渡して抱き合ったのは上村愛子。「多英さんいてくれたおかげで、私もここまで強くなれた…」と涙なみだ。

詰めかけた大勢のファンは、ただただ温かい拍手を2人に送るばかり。



ゴールエリアで日本チームの選手全員に4度、胴上げされた女王・里谷多英。

「金メダルを首から下げた身長165cmの元エースには、依然として風格が漂っていたが、表情は涙に濡れていた」



今後は「とりあえず、フジテレビの方でOLとして働いていく」という里谷。

笑って、泣いて、別れを告げた…。





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ソース:Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2013年 4/4号 [雑誌]
「『スキーがうまい』金メダリスト、里谷多英の最終滑走」

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