2012年11月29日木曜日

世界のゴールキーパー「川島永嗣」が守るもの。


EU圏外の外国人をゴールキーパーに据えるのは「欧州のサッカー・クラブでは異例のこと」。

「欧州には良いゴールキーパーなんてゴロゴロいる」

そう言われる中、骨太の日本人ゴールキーパー「川島永嗣(かわしま・えいじ)」は、ベルギーの強豪「スタンダール・リエージュ」でレギュラーとしてゴールマウスに立っている。



それまでの川島は、2年前にベルギーへは渡ったものの、残留を争う小クラブ・リールセに甘んじていた。

それが今年7月、優勝を争う強豪「スタンダール・リエージュ」に移籍。今シーズンは開幕から「15試合連続のフル出場」を果たした。



欧州における川島の名を一躍高めたのが、日本代表のフランス戦。日本が1−0で強豪フランスを破った歴史的勝利である。この試合、フランスの果敢な攻撃が日本ゴールを割ることをできなかったのは、ひとえに川島永嗣のスーパーセーブの連発によるものだった。

「母国の快勝を予想したスタンドのフランス人たちは、試合が進むにつれ日本の背番号1(GK川島永嗣)に目を奪われ、タメ息をつき、やがて肩を落とした」

翌日のフランス・メディアも川島のスーパー・パフォーマンスを賞賛するよりほかになかった。そして、その賞賛の声は欧州中にも鳴り響いていた。



それでも、川島に浮かれた様子はない。

「(日本の勝利という)結果が出たから評価されている部分があります。チームが勝てば評価され、負ければ良いプレーをしても評価されません」

川島はこう言う。もしフランス戦で1点でも決められていたら、試合は1−1引き分け、ゴールキーパーの評価は「まったく違ったもの」になっていただろう、と。たとえ、どんなにスーパーセーブを見せていたとしても…。



その逆に、続くブラジル戦で4失点を喫したことに関して、川島は悲観していない。

「4点取られたからといって、自分が何もできないなと感じた試合でもありませんでした。手も足も出ないという感じではなったんです。むしろ、こんな試合をやりたかった」



なるほど、彼の心は試合結果に一喜一憂するような軽薄なものでは決してない。もっとより深いところに根っこを張った不動心がそこにはある。

「フランス戦の好プレーに浮かれず、ブラジルの4失点に落ち込むこともない」

古人曰く、「勝って兜の緒を締めよ」と。なんと頼もしい守護神であることか。



ベルギーのチームメイトとすっかり打ち解けた彼は、「とても今季の新規加入選手には見えない」。フランス語で会話するその姿は、すっかりチームに溶け込んでいる。古巣のリールセにおいては川島が主将を務め、大声で指示を出し、複数の言語を積極的に操っていた。

それでも、川島は「日本人であること」を強く意識している。

「いくら海外で生活して外国人のように振舞ったとしても、僕のアイデンティティは日本にある。その事実は変えられないし、変える必要もない」



たくさんの外国人がいる中、ひとりぽつんとゴールの前に立つ日本人。異文化の中、時には不当な中傷を浴びることもある。フランスのTV局は「4本の手がある画像を用い、放射能の影響だと嘲笑した」。そんな時、川島は「真っ向から立ち向かう」。

「日本人は自分たちの良さに自信を持っていい。日本の良さってたくさんあるんです」

その良さを「世界に出て生かす方法」を知らなければならない、と川島は訴える。「いま外国でやっている選手は、これからの日本人のモデルになるべきだと僕は思っています」。



そうした信念は「欧州組」と呼ばれる日本人サッカー選手の多くが持っているものだとも言う。

「その点でみんなどこか繋がっている。それが今の日本サッカーの強みだと思う」

すでに欧州では数多くの日本人選手がプレーするようになっている。「南米諸国のように、代表選手のすべてが欧州クラブでプレーする日」も近いのかもしれない。その時にはもう「欧州組」という言葉はなくなっているだろう。



ドイツのクラブ(ヴォルフスブルク)で活躍する日本代表の主将・長谷部誠は、こうも言っている。

「今は日本人っていうくくりで話すこと自体が、ナンセンスになってきかなっていう気がするんですよね。これだけ日本人選手がヨーロッパに来て、それぞれに個性がある」



欧州で多様化する日本人像。そのイメージはおおむね良い方向へと向かっている。

川島以前、日本人ゴールキーパーに欧州の目が向けられることなどついぞなく、当然欧州での評価は低かった。そんな低評価を川島永嗣は変えつつある。

確かに欧州での「日本人というくくり」は大きく広がった。それでも、その芯の部分にある「日本人という心」は「みんなどこかで繋がっている」。



練習時間が近づいた川島は、ゆっくりと立ち上がる。そして一言。

「最近、嬉しいんですよね。他の選手の活躍を見るのが。サッカーだけじゃなくて、野球もオリンピックもそう」

世界で活躍する日本人選手の姿を見ていると、「日本人が忘れかけた何か」が川島の心に蘇ってくるのだという。

「日本人が忘れかけた何かを、自分も含めもう一度見つめ直すことが大事なんだと思ってます」



日本にいる日本人は何を忘れてしまっているのか?

それを「これからの川島永嗣」は日本人に思い出させてくれるのかもしれない。世界の猛攻を受けるゴールマウスの前に立ち続けて…。

きっと川島の守ろうとしているものは、サッカー・ゴールばかりではないのだろう…。





ソース:Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2012年 12/6号
「欧州で日本の良さを発信したい 川島永嗣」

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