「凡打でも一生懸命に走るんです」
そう言うのは、不惑(40歳)を迎えたばかりのベテラン「稲葉篤紀(いなば・あつのり)」日本ハム。
「それを見た他の選手が、何かを感じてくれたらいいな、と」
この大ベテラン、今シーズンの犠打(送りバント、またはスクイズ)は「8」。彼がこれほど自分を犠牲にして走者を送ったのは、日本ハムに移籍してから初めてである。
それは何も打撃が衰えたからではない。昨季はプロ入り最低の打率だったとはいえ、今季はシーズン序盤に首位打者争いを演じるほどに復調していた(2,000本安打も達成)。彼は40になっても、今もって日本ハムの打撃の主軸。併殺打も三振も少ない堅実なるバッターである。
「あの稲葉さんでも、バントをやるんだ…」
稲葉の言う通り、彼の献身的な姿は若手選手たちに「何か」を感じさせずにはいられなかった。
そのせいか、稲葉が犠打(送りバント)を成功させた試合の勝敗は、6勝1敗1分け。8回の犠打のうち、4回までが得点にまでつながっている。
「稲葉が送りバントをすることで、戦術以上の効果が期待できる。仮にその時は点につながらなくても、その試合、ひいては、そのシーズン全体に影響を及ぼすのだ(中村計)」
「たとえば、王さん(王貞治)は、個々が頑張れば、それがチームのためになるっていう考え方だったと思うんです。でも、僕はそこまでのバッターではないので、『まずチーム』という考え。自分の成績は次でいいんです」
そんな考えをもつ稲葉、その後ろ姿を見ていた若手たちも奮起せざるを得ない。それが「稲葉効果」であった。
2012年10月2日、日本ハムのリーグ優勝が決まった時、真っ先に胴上げされたのは当然、栗原監督。
そして、その次が稲葉だった。
「引退するわけでもないんだから、やめてくれよ」という稲葉をムリに輪の中央に誘導する若手たち。選手会長でも、キャプテンでもないのに…。
体重94kgの稲葉は、計5回、宙に舞った。
「でも、嬉しかったですね…」と稲葉もまんざらではない。
そして一言、「報われた気がしました」。
そんな日本ハムを見て、他のチームの選手は羨ましがる。
「チームだけじゃなくて、球団も誉められる。それが嬉しいんですよ。それがファイターズ(日本ハム)の良さなんでしょうね」と屈託のない稲葉。
球団に不平不満をこぼす選手が多い中、稲葉は本当に自分の球団、そしてチームを何よりの自慢にしているのだ。
「傲らず、偉ぶらず、手を抜かず」
引っ張ろうとしなくとも、そんな稲葉に皆ついてくる。
その姿は、栗原監督が期待した通りの「チームリーダー」であった。
ソース:Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2012年 11/8号
「稲葉篤紀 自然体の40歳 リーダーシップは軽やかに」
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