2012年9月21日金曜日

「もし、メダルが獲れなかったら」。なでしこ宮間の恐怖


「正直、怖くて怖くてしょうがなかったです。」

”なでしこ”の小さな主将「宮間あや」は、オリンピック準決勝のフランス戦のことを振り返る。「特にラスト15分。あんなに怖いと思ったのは初めてでした。」



宮間が語るその恐怖の15分の前まで、日本はフランスに2対0でリードしていた。ところが、後半途中から投入されたフランスのルソメルは、後半31分、右足を振り抜いて1点を返す。2対1に。

そしてその3分後(後半34分)、またもやペナルティ・エリアに鋭く切れ込んできたルソメル。たまらず、坂口はルソメルを倒してしまう。その結果、フランスにPKを与えてしまうことになった…。まず外れないPK。同点に追いつかれるのは必至と見られた。

ところが、まさか、フランスはPKを外した。臍(ほぞ)を噛むフランス。後半の残り10分、フランスは怒涛の如く、日本ゴールにシュートを浴びせかける。



フランス戦の前、日本は強豪ブラジルに勝利していた。その対戦中、宮間はこう思っていた。「これはきっと世界一強いチームと戦っているんだ」と。そして、そのブラジルに勝った。

その世界一を下したという自信からか、フランス戦を前にした”なでしこ”たちは、こんなことを皆で言い合っていた。「あれ(ブラジル)よりは強くないでしょ」と。ところが…、フランスは滅法強かった。「あれっ、これは予想以上に強いぞ!」



その予想以上の強さを存分に発揮してきたフランス。後半の猛攻たるや、筆舌に尽くしがたい。

しかしそれでも、日本は「負けられない」。この一戦こそが、悲願のメダルに届くか否かの分水嶺だったのだ。勝てば銀メダル以上が確定、だが、もし負けてしまえば、銅メダルのとれる保証はどこにもなかった。



日本のゴールキーパー福元美穂を、容赦なく襲い続けるフランスのシュート!、シュート!、シュート! なぜ入らなかったのか? と不思議になるほど、なでしこたちは体を張って防ぎ、福本は奇跡的な好セーブを連発していた。

「福ちゃん(福本)のゴールに絶対ボールを入れられたくない!」。そんな気持ちで”なでしこ”たちは一丸となって、ゴールを守り続けた。



「あと3分だよっ!」と大声を張り上げたのは、前キャプテン・澤穂希。

フランスの猛攻に屈しそうになる仲間たちを鼓舞するかのように、澤は必死になってボールに喰らいついていた。

しかし、長い…。ロスタイムは4分。いつまでもいつまでもフランスのシュートは続いていた…。



「ピーーーーーッ!」

ついに待望のホイッスルが鳴った。ついに凌いだ! ついに勝った! ついにメダルに届いた!

いつもは凛とした表情を崩さぬ澤も、この時ばかりは泣いた。決勝で負けても涙を見せなかった澤、この時だけは泣いた。彼女にとってのメダルとはそれほどに重いものであった。「何色でもいいから、とにかく…」



宮間も泣いた。

宮間のそれは喜びの涙でもあると同時に、「恐怖から逃れられた」という安堵の涙でもあった。そう、のちの彼女は語っている。

W杯優勝後の一番難しい時期に澤からキャプテン・マークを譲り受けた宮間、メダルをとって当然のような強烈なプレッシャーが、その小さな双肩に、これでもかとのしかかっていたのである。





メダルを持って日本に向かう飛行機の中、宮間にはまだ不安があった。

「私はインターネットとか新聞とか極力見ないんで、日本がどういった反応なのか、よく分からなかったんです。『なんだ、銀かよ』とか言われたら、どうしよう…」

そんな不安は成田空港できれいに吹き飛んだ。あふれんばかりに集まっていた熱いファンたちの祝福によって。「凄く嬉しかったです。一気にテンションがあがりました!」と宮間。

日本で待っていたチームメイトに真っ先にメダルを見せたいと思っていた宮間は、その銀メダルをみんなに渡す。すると皆、「重っ!(笑)」。その銀メダルは、あらゆる意味で重いメダルだったのだ。



フランスの怖さ、そして、メダルを獲れなかったときの怖さ。

50万人が押し寄せたという、東京・銀座の「メダリスト・パレード」の時も、宮間はその怖さを再び感じていた。

惜しみない声援を聞きながら、「もし逆に、メダルが獲れていなかったら…、こうはなっていなかったんだよな…」と、あらためて怖くなったと、彼女は語る。



「メダルは当然」

それは、ワールド・カップ王者としての”なでしこジャパン”には必然の圧力だった。

今、オリンピックでメダルを獲ったからといっても、そのプレッシャーを降ろせるわけではない。ますます重くもなってゆく。



それでも、その重みは苦痛なばかりではない。それが”なでしこ”でプレーし続ける醍醐味でもあるのだから。

「プレッシャーとか、責任感というのは、そこに立つ人じゃないと味わえません。そのプレッシャーに打ち勝ってきたみんなを、私は誇りに思っています」



小さな主将・宮間あや。その双肩にかかっていた想像絶するほどのプレッシャー。彼女はそれを見事にハネのけた。

彼女の周りには、「怖いと思ったら怖いって言うし、悔しくて泣くし、楽しくて泣く」、そんな仲間たちがいつもいたのである。



フランス戦の直前、宮間は「日本食、行くぞー!」と言って、チームを盛り上げたという。

そして試合後、本当に日本食のお店に行くことに。ところが不幸にも、大渋滞に巻き込まれてしまう。すると「マジ、めんどくさい」とみんなからブーブー不満の声が…。挙句の果てには、「いったい誰が言い出したんだよ」。

それを言い出したのは…、ほかでもない。キャプテン・宮間…。「メチャクチャなんです。ウチら(笑)」。



出典:Sports Graphic Number 2012年 9/27号
「宮間あや 『お互いを思う気持ち、それがウチらの強みです』」

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