大儀見の「あの一発」がなければ、メダルには届かなかったかもしれない。
ロンドン五輪、女子サッカー。準々決勝ブラジル戦。前半27分。澤の素早いリスタートから抜けだしたのは、大儀見優季。なでしこのエースである。
しかしここまで、彼女にゴールはなかった。エースとしてのオリンピックでの初ゴール、それがなでしこジャパンのメダルへの道を切り拓いたのだった。
予選グループリーグを2位通過していた日本だが、なでしこたちの心には「モヤモヤ感」が立ち込めていた。そのモヤモヤは、南アフリカ戦であえて点を取らず、引き分けを狙ったことに発していた。頭ではその作戦は分かっていた、でも…。心の奥底には何とも言えない感情が残ってしまっていたのである。
大儀見の「あの一発」。その鮮烈なシュートが、チームを覆い続けていた「モヤ」をきれいにサッパリ振り払ってくれた。
「リスタートになって澤さんがパスを出す前に、無意識に走り出してたんですよ。その私の動きを見て、澤さんも瞬間的に反応して出してくれた。
ボールを持ってからは、時間がすごくユッタリ流れたという感じかな。
相手に追いつかれないようにと、2回ボールを突いて、『あっ、来ないんだ』と分かって、ボールを触りながら相手のゴールキーパーばっかり見てたんです」
どこまでも冷静だった大儀見は、ここで一瞬、目でフェイントを入れる。
「ちょっとだけモーションを入れてニアに打つフリをしたら、ゴールキーパーがすぐに釣られて動いた。と同時に(反対側の)ファーに打ったんです。
今までの自分になかった、自分の想像を超えたゴールでした」
この大儀見のゴールによって、防戦一方に追い込まれていたブラジル戦の雰囲気はガラっと変わった(それまで、ブラジルのポゼッションは70%を超えていた)。
結局なでしこは後半28分にも大野が決めて、2対0。日本は数少ないチャンスを確実にものにして勝利した。シュートはわずか4本しか打たせてもらえなかったのに、そのうちの2本を決めたのだ。
「ブラジルに勝って、変な雰囲気が一気に吹き飛んだ感じでしたね」
そして準決勝、フランス戦。
「じつは試合前、不思議な感覚があったんです。
胸の鼓動がすごく早くなっていくのを感じて…。格段、緊張していたわけじゃないけど、そんな自分を冷静に見る自分がいました」
大儀見の主人・浩介さん(メンタル・トレーニングコーチ)は、その状態を「ゾーン(極限の集中状態)に入っていた」と表現した。
ゾーンの中の大儀見は「ゴールは獲れる」と確信していた。そして、そのシーンが本当にやって来ると、やはり時間がゆっくりと流れる感覚の中で、しごく冷静に決めていた。
最後の戦いとなった決勝。
「2点目を奪われても、ガックリなんて来なかった」
0対2の劣勢に立たさてもなお、大儀見の心は負けてなんかいなかった。
「試合前からウチらが3点獲らなきゃ優勝できないって話してましたし、『ここからやんなきゃ』っていう思いがありましたからね」
実際、大儀見のプレーは少しも縮こまることなく、伸びやかなままプレーしていた。
「ナホ(川澄奈穂美)のクロスにヘディングで合わせてゴールバーに当てた場面とかも、すごく面白かった」
後半、アメリカに1点返したのも大儀見だ。
「ハーフタイムの時、トレーナーの人に『次、来るよ』と言っていたら、その通りになった。ゴールの瞬間、『はい、来た!』って思いましたもん(笑)」
オリンピックでの大儀見の得点は、すべて決勝リーグの激戦の中からあげた貴重なものばかり。
「自分の中では『やりきった感じ』が強いです。悔しい気持ちが強いというのはありませんでした」
どこまでも冷静で、どこまでも前向きだった大儀見。
決勝アメリカ戦で敗れてなお、「楽しかった」とはっきり口にできたのは彼女だけだった。
出典:Number (ナンバー) ロンドン五輪特別編集 2012年 8/24号 [雑誌]
「大儀見優季 『アメリカに2点取られても、がっかりなんてしなかった』」
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