2014年5月23日金曜日
羽生結弦の負けん気 [フィギュア]
「ゆづー、愛してるー!」
それは、ショートプログラムがまさに始まらんとしていた時のハプニングだった。
——本来、針を落しても聞こえるほどの静寂のなか、集中力を高めなくてはならないタイミングで、女性ファンが大きな声でそう叫んだ(Number誌)。
そして羽生結弦は、冒頭の4回転トウループで転倒した。
まさかの転倒。
今季はほぼ成功していた技での、珍しい転倒だった。
時は、2014年の世界選手権。
日本人初の”オリンピック金メダリスト”として臨んだ大会。
ショートプログラムの結果は91.4点。
回転不足の転倒があったゆえ、1位の町田樹に7点近く離されての3位にとどまった。
「SP(ショートプログラム)には絶対的な自信をもっていました」と羽生は言っていた。というのも、ソチ五輪ではこの「パリの散歩道」で、史上初の100点越えを実現させていた。
しかし、今回の結果は3位。
「慢心もありました…」と羽生。
「今ここ(3位という順位)にいる自分が許せない…!」
——SPで3位に入って、ここまで言い切った選手は過去の記憶にない。驚くほどのプライドの高さ。負けん気の強さ。このあたりが、この19歳の若者の強さの秘訣なのだろうか(Number誌)。
ちなみに、プログラム冒頭での女性ファンの絶叫には、「聞こえましたけど、影響はなかったです」と、報道陣の前できっぱりそう答えてファンをかばった。
一方、五輪王者をおさえてトップに立った町田樹(まちだ・たつき)。
「不思議と無心になれて、一つずつ踊ることができた感覚です」
98.21という得点は、史上3番目の高さであった。
本人いわく「世界一のプログラム」。
「町田樹史上、最高の『エデンの東』を史上最高の形でみせることができました。自分を誇りにおもいます」
この「エデンの東」には彼自身、心から惚れこんでいる。それゆえか、そこに込められる情感も並々ならぬものがあった。
さて、町田1位、羽生3位でむかえたフリーの演技。
——SP2位はフェルナンデス(スペイン)だったが、金メダルはこの日本人2人で競われることになるだろうという予感があった(Number誌)。
町田のフリー「火の鳥」は素晴らしかった。
——2度の4回転トウループなど、ジャンプもほぼノーミスで、最後まで伸びやかに演じきった(Number誌)。
1万8,000人の熱狂的な観衆は、盛大なスタンディングオベーションで彼の滑りを長く讃えた。
——町田は落ち着いた満ち足りた表情をみせ、大観衆にむけてお辞儀をした。それはアスリートというよりも、熟練した役者やダンサーのカーテンコールのようだった(Number誌)。
得点も出た。184.05という高いポイント。
はたして五輪王者・羽生結弦に、これを超える演技ができるのか——。
羽生の「ロミオとジュリエット」がはじまった。
その冒頭の4回転サルコウ、羽生はバランスを崩しかけた。ソチ五輪ではここで転倒したが、今回は五輪王者の意地で踏ん張ってみせた。
続いて4回転トウループ。
これには本人も思わずガッツポーズ。
「サルコウはやばいなと思ったけど、どうにか耐えた。それで、変な力もはいらずにいいトウループが跳べたと思います」
「とにかく”勝ちたい”ということしか頭になかった。追いかけるという立場になって、久しぶりにアドレナリンを出し切れました」
——羽生は驚くほどの強さをみせた。後半に7つの3回転ジャンプが入っているフリーは、ノーミスで滑れば誰より高いポイントが獲得できる難易度の高い構成である(Number誌)。
結果は191.35、総合282.59。わずか0.33の差で町田を逆転して優勝。
羽生は言う、「追い込まれたからこそ、自分のほぼフルな状態を出せたのではないかと思います。あれくらい自分の中でふつふつと燃え上がってくる感じは、なんか楽しかった」
——過去の日本に、これほどの負けん気と勝負強さをみせた選手はいなかった(Number誌)。
これで羽生は今季、GP(グランプリ)ファイナル、オリンピック、世界選手権という3大タイトルをすべて手中に収めたことになる。
——男子では12年前にアレクセイ・ヤグディンが唯一達成したのみ。女子ではまだ誰も成し遂げたことのない快挙である(Number誌)。
シニアに上がってから、わずか4年。
羽生結弦は19歳にして、獲れるタイトルのすべてを取ってしまった。
それでもなお、彼の闘志はやむところをしらない。
「来シーズンは、また違った試合。新しいシーズンにむけて、しっかり練習していきたいです」
(了)
ソース:Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2014年 4/24号 [雑誌]
羽生結弦「勝利は絶対に譲らない」
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