2013年10月9日水曜日

「なすがまま、なるがまま」 高橋大輔 [フィギュア・スケート]



「”陸”で動くのは苦手なんです(笑)」

そんなユーモアを交えて、陸上トレーニングをする「高橋大輔(たかはし・だいすけ)」。

冬季オリンピックに向けた、夏場の土台作りに余念がない。彼が本領を発揮するのは”氷の上”だ(フィギュア・スケート)。



「なすがまま、なるがまま」

3度目となる大舞台を控えたシーズン。

その心境を高橋大輔はそう表した。








昨季は”悪くないシーズン”のはずだった。

グランプリ・ファイナルでは、7度目にして初めての優勝。日本男子としても史上初の快挙。

日本選手権では、羽生結弦にトップを譲り総合2位だったものの、フリーでは”競技人生で何度あるかという圧巻の演技”で、その凄みを知らしめた。



暗転したとすれば、その終盤。

”年明け2月、四大陸選手権で7位にとどまると、翌月の世界選手権では6位と、ここ6シーズンで最も悪い成績におわる(Number誌)”

「ちょっと焦ってしまったのかな」

高橋は言う。

「下からの突き上げもあって、国内で勝つのが難しくなってきていて、”負けられない”という思いが強かった。まわりの状況に流されたところがあったかもしれません」



羽生結弦をはじめとした若い世代の台頭は、意識せざるをえない。

前回オリンピック(バンクーバー)の銅メダリストである高橋大輔も、はや27歳。今度のソチ五輪が最後になるかもしれない。

高橋は言う。「バンクーバーの時は、なんだかんだ言って”選手として滑っている未来の自分”を想像しているところがありました。でもソチが近づくにつれて、『来年は何をしているんだろう』と思うと…」



なかなか先を見据えることが難しくなったという高橋。昨季は、どうしても目先ばかりに集中してしまったという。

「結果よりも中身を大切にしたいと思っていたのに、結果を意識しすぎてしまいました。”負けたくない”という気持ちは、ある面ではモチベーションになるので良いことではあると思うんですけどね」と高橋。

ギリギリの勝負の局面、アスリートの心理はどちらにも転びうる微妙なバランスの上に置かれている。



道具を変えたのも、悪い方に転んだ。

高橋は昨シーズン、それまで使用していたブレードから”より角度のきついもの”に変えていた。それはエッジワークが生きる良さがあったが、ジャンプは跳びにくくなるという両刃の剣であった。

”フタを開けてみると、滑りの良さを引き出す以上に、それまで安定していたトリプル・アクセルが不安定になるなど、マイナスに働いた(Number誌)”








本人的には、不本意に終わった昨季。

”人を気にしすぎていた”と彼は言う。だが振り返ってみれば、若手の成長など周囲の状況がどうあろうと、”やるべきこと”が変わるわけではなかった。

「流れに逆らわず、まわりに委ねる。自分はスケートをやるだけ。あまり考えず、なすがまま、なるがままに行きたい」

高橋はそう思い至っていた。

「想像も期待もしないと言ったらおかしいけれど、なるようにしかならないと思うんです。努力しないでダメなら後悔しますけど、やってダメだったら、そこまでの運だし能力だということです」



高橋大輔は過去、2回のオリンピックに出場している(2006トリノ、2010バンクーバー)。

高橋は語る。「トリノのときは、絶対でたいと思い出したのが前シーズンの世界選手権のあと。スパートをかけて臨んだ感じで、出られたことだけに満足した部分がありました(8位入賞)。バンクーバーはその2年前に大怪我をして、行けるかどうか不安があるなかで代表になって、試合の一ヶ月前から集中して良い練習ができて、銅メダルという結果を残せた」

そして、今回のソチ五輪。

「今回のオリンピックは3年前から準備をして、オリンピックに向き合いながらやってきた。これまでで一番準備ができていると思います」



高橋がフリーを依頼したのは、ローリー・ニコル。彼は、浅田真央も手がける”知らぬ者のいない名振付師”。

そのローリーから提示された曲は「ビートルズ・メドレー」だった。ローリーは言った、そのテーマが「アバウト・ラブ」であることを。そこには、”愛に欠ける悲しい出来事がしばしば起こる今日の世界への想い”が込められていた。

高橋は言う。「ローリーは『オリンピックでこの演技を見てくれた人たちが、そういうことに思いを馳せてくれたらいいな』と言っていました。滑っていても、曲を聴いて身体を動かしているだけで幸せになれます」






「いやぁ、フィギュア・スケートって奥が深いですね」

まるで、”スケートを習いたての選手”のようなことを言う高橋。ローリーからは「スケーティングができていない」とかなり怒られているという。

「もし、(オリンピック後も)現役を続けるにせよ、あと何年もできない。そう考えれば、今、こうやってスケートができていることは幸せなんだと思います」



最後になるであろうオリンピックに向け、高橋は言う。

「観てよかった、とホッとするような、幸せになってもらえるような、そういう演技ができればいいと思っています」

”その先に待つものは分からない。ただ、高橋は幸せとともに歩もうとしている。会うべき人に出会った流れに身を委ね、目の前を見すえて(Number誌)”



高橋がエキシビジョンのために選んだ曲は「Time to Say Goodbye」。

”暗示的なタイトルの曲はしかし、「ここからがスタートであり旅立ちだ」と歌っている(Number誌)”













(了)






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ソース:Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2013年 10/17号 [雑誌]
「やるべきことを尽くしたその先に 高橋大輔」


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