「俺、プロになるまで洋服を買いに行ったことがなかったんスよ」
サッカー日本代表の点取り屋「岡崎慎司(おかざき・しんじ)」。彼は高価な時計にも惹かれなければ、派手な車にも興味がない。
頭の中は、いつもサッカーのことだけ。
岡崎がプロのサッカー選手になってすぐの頃、彼は自分の車を持っていなかった。そのため、寮と練習場の往復移動のために、ほかの選手の車に乗せてもらうことにしていた。
しかし、それではチーム練習後に、満足のいくような個人練習ができない。他の誰よりも練習したかった岡崎、帰りの車を気にすることが苦痛になっていた。
「ほかの人が練習後に居残りでボールを蹴っているのを見るとするじゃないですか。すると、『ここで他のヤツに負けていいのか? 帰るのはやめて、もうちょっと練習しよう』、みたいに思っちゃうんですよね」と岡崎。
「往復100分の自転車通勤」
気がつけば、岡崎は自転車で練習場に通うようになっていた。
——寮から自転車で片道50分もかかることなど、どうでもいい。大切なのは、心ゆくまで練習できるかどうかだった(Number誌)。
そんな岡崎、効率性とは無縁の場所にいた。
誰よりも遅くまで練習を続けたいと思うのは、「上手くなりたい」からだった。
「自分は下手くそだ。このままではマズイ。上手くなりたい。上手くなるのは楽しい。だから、もっと練習しよう!」
そんなシンプルな思考が、岡崎のサッカーの原動力となっていた。
——シンプルであるがゆえに、止まることがない(Number誌)。
ジュニア時代の岡崎も、そうだった。
「普通の子は、ある時期、急に上手になったり、逆に伸び悩んだりする。でも、慎司(岡崎)の場合は、毎年、毎年、少しずつでも確実に上手くなっていくんですよ」
岡崎の恩師、山村俊一コーチ(宝塚ジュニアフットボール)はそう語る。「そんな子、他におらんかったですわ(笑)」。
シンプルに「上手くなりたい」と専心する岡崎は、ほんのわずかずつでも確実に成長していく。
——岡崎は円を描きながら、少しずつ上へと進むラセン階段のような人生を送っているのだ(Number誌)。
上手くなるのがあまりにも楽しいから、上手くなりたいと願わない日はない。「それだけは、圭佑(本田)からも『すげぇなぁ』って言われますね(笑)」と岡崎。
現在、岡崎の日本代表での活躍は目覚ましい。
——現役の代表選手の中で最多のゴールを決め、史上最速で30ゴールに到達した。通算59試合で31ゴールと、2試合に1ゴール以上のペースでゴールを積み上げている(Number誌)。
今月(2月)6日に行われたラトビア戦でも、2ゴールを決める活躍を見せた。
その活躍はドイツでも知られ、現在所属するシュツットガルトのラバディア監督からも、大いに期待の目を向けられている。
「明日は日本代表のユニフォームを持ってこいよ!」
冗談まじりにラバディア監督は、岡崎にそう声をかける。
「そうすれば、毎試合のようにゴールを決められるんじゃないか?(笑)」
いまや、稀代の点取り屋となった岡崎慎司。
しかし、彼は「ゴールだけでは満足できない」と語る。
「飛行機が一番速いとしても、それで何が面白いの? って思うんですよ」と岡崎。
「大事なのは自分が楽しいかどうか。その基準で選んだルートが『一番の近道』だと信じています」
岡崎は効率性など見ていない。
自転車で行くのが楽しいと感ずるのならば、嬉々として自転車をこぐのだろう。たとえ遅くとも…。そして、「これこそが一番の近道!」と彼は断言するのだ。
サッカーならば「上手くなること」が、岡崎にとって一番楽しいこと。上手くならんとする欲望は、泉のように湧き出てくる。その決して枯れない泉こそが、彼の才能なのだ。
シュツットガルトでの練習後、あたりが暗闇に覆われるまで、岡崎はひとり、カベに向かってボールを蹴り続けていた。
ボールを蹴る。跳ね返ってきたボールを丁寧に止める。そして、また蹴る…。
キックの精度、そしてトラップの正確さを噛み締めるように、岡崎はひたすらボールを蹴っていた。
そして、30分ほど経ったのち、岡崎は満足そうな笑みを浮かべた。そして、ボールを拾い集めはじめる。
チーム練習後のグラウンドには、ボールが散らばったままになっていた。ここでは誰も片付けようとしないのだ。
岡崎がすべてのボールを袋の詰め終わった頃、あたりは真っ暗になっていた。
「ああいうのが好きなんですよ」と岡崎。
「自分は未熟なんだな、というのはいつも感じることなんで。上手い選手だったら、プライドとかあるのかもしれないですけどねぇ(笑)」
それはジュニア時代から変わらぬ、岡崎の地道な姿であった。トップ・プレーヤーになってなお…。
(了)
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ソース:Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2013年 3/7号 [雑誌]
「ゴールだけじゃ嫌なんですよ、僕は。 岡崎慎司」
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