「30までに結婚するって昔は思っていたんですけど、あと3年しかなくなっちゃいました(笑)」
ゴルフの「宮里藍(みやざと・あい)」は、今年27歳。アメリカでの挑戦は早8年目。
「ミック(キャディ)に、『3年ってすごくリアルだけど、結婚できるかな?』って訊いたら、『Time will tell(時間が教えてくれるよ)』って言われて…(笑)」
宮里藍が高校生で優勝してから(ミヤギテレビ杯ダンロップ女子オープン)、ちょうど10年。2人の兄から「弟」と呼ばれていたボーイッシュな少女は、そんなこと(結婚)を気にする年になっている。
昨シーズンの宮里は、序盤から好成績を連発。初戦で単独2位発進すると、続く4月のLPGAロッテ選手権では、4年連続となるシーズン1勝目を挙げた。
「バーフェクトな仕上がり。不安はない。期待しかない」
スイングコーチでもある父の優さんが、そう言う通り、昨季の出来栄えは渡米以来、最高であった。「手首の柔らかさを活かした、深いタメで玉を弾くことができている」と父の優さん。
父の期待通り、宮里は7月、ウォルマートNWアーカンソー選手権で、2勝目も手にすることになる。
しかしその後、前半の勢いはどこかへ消え去ってしまい、宮里の逡巡(スランプ)が始まることに…。それは「フェードの誘惑」でもあった。
フェードボールというのは、落ち際で左から右へと切れ、スライス回転がかかるために地面をとらえると転がらずに止まりやすい。このフェードを、宮里は苦手にしていた。
「『あぁ、ここでフェードが打てれば楽なのに…』ってラウンド中に何十回も思ったんですよ。『なんで、フェードが打てないんだろ?』ばっかり…」
そんな宮里に、キャディのミックは疑問を感じていた。宮里はフェードなしでも十分に戦える選手であったからだ。
それゆえ、「本当にフェードが必要なの?」と首をかしげるミック。
「必要だと思う!」。宮里はもう、意地になっていた。
かつて米ツアーデビューの2年目に、宮里はスランプに陥っているが、そのキッカケとなったのもフェードだった。アメリカではフェードを打てないと攻められないと、宮里は思い込んでいたのだ。
一ヶ月以上の試行錯誤、「クラブをどこに上げて、どこに下ろせば良いのかさえわからなくなっていた」という宮里。
そして結局、「なんかフェードが打てなくても戦えるんじゃない?」と薄々気づきはじめた宮里は、難なくスランプから脱出することになる。
その6年前と同じだった、昨シーズンのスランプは。
そして、「フェードが打てなくても、スマートに攻められる」と、今回も気づいた。
部外者から見れば、宮里は6年前と同じことを繰り返したように見える。だが、それは「まったく違う」と宮里は主張する。
「戻ってくる場所は同じなんですけれど、前回とは戻ってきた道筋が違うんです」と宮里。「前回はテンポの重要性を再認識し、今回はコースマネジメントに気づいたんです」。
「違う理由、違う思いがいっぱいあるから、そのたびに戻ってくる帰り道も違ってくる」と宮里は言う。
スランプに落っこちるたびに、宮里は何かを拾って、その穴から出てくる。
「そういう経験が、樹の幹が太くなるみたいに、私を強くしてくれるんじゃないかと思っています」と宮里。
アメリカでの試行錯誤は、彼女を大きく変えている。
日本にいた頃は、父の教えを素直に受け入れる「優等生」だったという宮里。しかし、昨季のスランプを脱出してからというもの、父がスイングをチェックしに行っても、「教えてくれるな!」という拒絶のオーラを発するようになったという。
「親離れ、コーチ離れも、ゴルファーにとっては必要なんです」と苦笑いの父、優さん。
宮里の強烈なオーラには、ときにキャディのミックも怯(ひる)んでしまう。
それはミックがクラブ選択をミスした時。
「ミックが『ここは絶対7番だ』って言い出すから、オーケーって。で、ふたを開けてみたら、ものすごいオーバーしてたんですよ!」と怒る宮里。
「そのときは彼に対して、すごぉく怒りましたっ!」
全身の毛穴から怒りを発する宮里。「藍ちゃん」などという可愛さは、もはや微塵もない。
その隣で、針のムシロに座らせれたようなキャディ・ミック。
宮里の怒りがおさまらないのは、「なんで自分の直感のクラブでいかなかったんだろう」という自分に向けられた怒りもあったからだ。「直感でプレーするというのが、自分のゴルフのコアな部分のはずなのに…」。
そんな怒りの宮里が良いショットを放った時、ミックは言った。
「Welcome back(お帰り)」
それでも怒っている宮里、「はっ? それ私に言っているの?」。
あわてたミックは、「違う、違う、ぼくのこと」と言い訳をする。
「思わず笑っちゃいました(笑)」と宮里。
笑うと途端に「藍ちゃん」が顔を出す。
アメリカという大地に根を張った宮里藍は、年を追うごとにその幹を太くしている。
そして、その大樹を慕うように、後輩たちが続々と彼女の背中を追いかけている。
「今まで米ツアーで日本人が5人もフル参戦したことはなかったと思います」と宮里。アメリカのマスコミも「ツアーに『ジャパニーズ・センセーション』が巻き起こる」と囃し立てる。
今年こそ、悲願のメジャー優勝へ。
パワーヒッター揃いの強敵とタフなコース。彼女の行く道は、長く険しい。
「メジャーに関しては『なるようになる』と思っています」と宮里。「それでダメだったら、しょうがない」。
彼女の言う「なるようになる」は、決して投げやりではなく、入念な努力の末の言葉である。
「アメリカで7年やって、まだメジャーでは全く結果が出せていません。でも、メジャーに対して毎年ちゃんと準備はしてきたつもりです」と宮里。
たとえどんな結果が出ようとも、宮里藍という大樹の幹は太くなり続ける。
そしてその大きな背中を今、未来の宮里藍たちはシッカリと見つめているはずだ…。
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ソース:Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2013年 2/21号 [雑誌]
「今年こそ悲願のメジャー優勝へ 宮里藍」
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