「こんな金属の塊を取るために、何かバカだねぇ…」
オリンピック選手村の深夜、女子サッカーなでしこジャパンの主将「宮間あや」はそんな話をしていた。話の相手は日本に勝って金メダルをとったアメリカのMFトビン・ヒース選手。
お互いの金と銀を2人で見比べたりしながらの戯言(ざれごと)だった。決勝ピッチの上では死闘を演じた日米両チームであったが、それが終わった後、宮間とトビンは友達に戻っていた。
「こんな金属の塊を取るために、必死にやって、みんなケガとかしたりして…」
あのロンドン・オリンピックの夏、なでしこの主将という大任をまかされた宮間は、「結果がすべてだ」と勝手に思い込んでいた。
オリンピックでのメダル獲得は「至上命令」。宮間は「金も取れる」と明言して、なおさら自分を追い込んでいた。
その結果は「銀」。十分すぎるほどの成果ではあったが、宮間の心の中には「銀じゃダメなんだ…」という気持ちが依然として強く残っていた。
「こんな金属の塊を取るために、何かバカだねぇ…」
その気持ちは、それを争った者たちだけが感じる虚しさだったのかもしれない。金属の塊自体の価値は確かに限定的である。
しかし、そんな話をしているとボンヤリと見えてくるものもあった。「結局はメダルだけが目的なのではなく、実はその先にもっと大切な目的があったこと」を…。
「ありがとう!」
帰国するなでしこジャパンを空港で待ち構えていたファンたちは、惜しみなく宮間たちを称えた。
この時だった、宮間がようやくホッとするのは。「銀じゃダメなんだ」と思い込んでいた気持ちは氷解した。宮間はのちに「救われた思いがした」と語っている。
「オリンピックから帰国した時の、みなさんのあの温かい声だってそう。サッカーの本質は結果だけじゃないよなって今、すごく感じているんです」と宮間。
「もともとサッカーを通じて人に何かを感じてもらいたいと思っていたので、それを初めてできたのかもしれません」
「必死なときのなでしこって、珍プレーがでるんですよ(笑)」
たとえば準決勝のフランス戦、「キンちゃん(近賀)とか自分が必死でクリアしてるんですけど、全然ボールが飛んでなくて、アレレみたいな(笑)。それがなでしこのいいところでもあるんですけど」
決勝でアメリカに一点返したゴールは嬉しかった。「シノ(大野)が欲しいと思ったところにパスを出せた。あの瞬間、凄く嬉しかったのを覚えてますね。ずっと忘れないと思います」。
敗れた決勝戦では、試合が終わって泣き崩れた宮間。
「やっぱり悔しいというのが一番でしたけど、もっともっとやりたかった。そういう感覚がありました」
オリンピックの熱狂が去った今、岡山の長閑(のどか)な環境でサッカーに打ち込む宮間。
成長途中という彼女のチーム「岡山湯郷Belle」は勝ったり負けたり。それでも「次、がんばって!」と言ってくれるサポーターたちは常にいてくれる。
だからこそ、彼女はピッチに立ち続けられる。そして、「金属の塊」のために必死にもなれる。
きっと、なでしこの銀メダルは、宮間がファンたちに感じてもらいたかった「何か」以上のものを与えることができたはずである。
「私が、じゃなくて、なでしこが、ですよ」と宮間は笑う。
オリンピックの決勝戦では「終わった」と泣き崩れた宮間は今、まだ「終わっていない」ことを喜んでいるのかもしれない。彼女の求めるものは、金属の塊だけに留まるものではないことがハッキリしたのだから…。
ソース:Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2012年 12/20号
「宮間あや W杯で優勝した後からずっと怖かった」
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