2015年4月24日金曜日

美声の吹く大相撲 [呼出・秀男]



秀男「『いったい日本てどういう国なんだろう』なんてことを考え出したら、伝統のある世界が面白く見えだしたんだよ」

高校卒業後に大相撲の世界に入った。時は全共闘時代。紛争を起こす大学に行くことに疑問を感じての決断だった。

秀男「実際に相撲をとるつもりは、もちろんない。やるなら行司か呼出(よびだし)。でも行司は型みたいなものに縛られる気がして、呼出のほうに魅力を感じたんだ」

呼出(よびだし)とは、大相撲で取り組みの際、力士の名前を呼び上げる者。行司と違い、下の名前しかない。






入門したのは伊勢ケ濱部屋。

秀男「巡業なんかで先輩から教わるんだが、手取り足取りなんてことはない。自分の場合は、橋の上でひとりでよく練習したね」

伊勢ケ濱部屋は隅田川の向こう岸にあった。歩いて橋を渡りながら声を張り上げた。

「部屋のなかで大声を張り上げるわけにはいかないけど、橋の上なら車がたくさん通るんで、声を出しても気にならない」

腹から声を出した。隅田川の川風が秀男の声を鍛えた。



しかし、ただ大きな声を出せればいいというわけではない。

先輩から言われた。

「おまえの呼び上げはプツンと切れるね」

声に伸びがなく、余韻に乏しいというのだ。

秀男「演歌で『コブシを回す』っていうでしょ。そういう工夫をしてみた。山なら『や』の部分を少し伸ばして回すようにする。そういう稽古をつづけたら、『良くなった』って言われたよ」

力士のしこ名は多彩だ。むずかしい名前もある。

秀男「昔から『5文字は呼びやすい』といわれていたね。逆に難しいのは『ん』が入るもの。とくに最後に『ん』が来るのは厄介だね、音が伸ばせない。『栃ノ心(とちのしん)』なんてのは苦手だったね、本人のせいじゃないけど」



奔放な秀男はタバコも吸うし、酒も飲んだ。カラオケも大好きだった。

秀男「カラオケを歌いすぎて、声が出なくなって苦労したこともあった。タバコは幕内土俵入りのあと1本吸って、あとは結びが終わるまでは吸わない。それくらいかな」

小柄な身体に、柔和な表情。秀男は好角家のみならず、力士からも愛された。朝青龍と会うと、いまだに声をかけられるという。



去年(2014年)の九州場所

秀男はそれ限りで定年を迎えた。結びをさばく行司を「立行司」というが、結びを呼びあげる呼出を「立呼出」という。秀男はじつに11年間もトップとして結びの土俵に立ち続けたことになる。

秀男「(結びの一番は)ずいぶんとやりにくかったよ、両横綱よりも自分への歓声が妙に大きくてね」

優勝した白鵬はむしろ、引退を迎えた秀男に花束を手渡した。













(了)






ソース:Number(ナンバー)870号 二十歳のころ。 (Sports Graphic Number(スポーツ・グラフィック ナンバー))
立呼出・秀男「川風で鍛えた美声」



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