「”あのゴール”ですべてが変わったんだ」
22歳になったばかりのマリオ・ゲッツェは言う。
”あのゴール”とは言わずもがな、ドイツに優勝杯をもたらした『サッカーワールドカップ2014の決勝ゴール』である。
Mario Götze「町を歩いていても誰にでも声をかけられて、決勝点をほめられる。あの1点が周りの見る目を大きく変えたんだ。大会後にはじめて『ワールドカップは本当に世界最大のスポーツイベントだ』と気付かされた。戸惑いも少しはあったけれど、僕にとって何よりも素晴らしい出来事だった。これまでプロとして経験してきた中でも、間違いなく一番大きな思い出だ」
誰もが拍手を送り、ドイツの誇りだと讃えた。休暇で外国へ行こうが、どれだけ遠く離れた海に行けども、大衆の目はマリオ・ゲッツェを見逃さなかった(もちろんパパラッチも)。
Mario Götze「途中交代でピッチに立った時からすべて、細部まで覚えている。今でもよく思い返すんだ。これまでにも、何度も何度もYouTubeで繰り返し見てきた。それはもう、数えきれないくらいに」
そう言った後、彼は恥ずかしそうにはにかんだ。
2014年のブラジルW杯は間違いなく、マリオ・ゲッツェを世界スターに押し上げた。
では、その4年前、前大会はどうだったか? 当時まだ18歳だったゲッツェは、遠く南アフリカで行われていた熱戦をドイツのテレビで見守っていた。
Mario Götze「決勝、スペイン対オランダだ。僕は自宅で家族と友人と一緒にテレビで見ていた。当時のスペインは世界一のチームで、そこには僕のアイドル、イニエスタがいた。当時グアルディオラが指揮していたバルサのサッカーが大好きで、中でも僕にとってイニエスタは特別な存在だった。テクニカルで華麗。イニエスタのプレーから、僕はインスピレーションをもらっていたんだ。だから”あのゴール”が決まったときは嬉しかった」
4年前の”あのゴール”、ワールドカップ決勝点を決めたのはイニエスタ(スペイン)だった。
Mario Götze「当時は、ただ単に『すごい』と思って見ていただけだったけれど。4年後、まさか僕がイニエスタと同じところに立って、決勝ゴールを決めることになるなんて、想像すらできなかった」
4年後となったブラジル大会、世界王者だったスペインはまさかの惨敗。予選リーグで早々に姿を消してしまった。イニエスタがそのフィールドにいたにも関わらず。
Mario Götze「サッカーではすべてが素早く変わっていく。いま世界の頂点に立っていても、ステップを止めてはならない。スペインはそう教えてくれたのかもしれない。頂点にたどり着くだけじゃなく、そこに居続けるためには常に成長を目指すことだ。チームは常に進んでいかなければならないんだ」
ドルトムント育ちのゲッツェは、17歳でブンデスリーガ(ドイツリーグ)デビュー。翌シーズンからのリーグ2連覇に貢献した。
若くから発揮された才能。それは彼が優秀な指導者たちに恵まれたからでもあった。
Mario Götze「僕は本当に幸運だった。いま振り返ってもそう思う。世界で最も優れた3人の監督たちに、あらゆることを教わったのだから」
ユルゲン・クロップ
ペップ・グアルディオラ
ヨアヒム・レーブ
Mario Götze「みな、それぞれ違ったやり方で、僕を伸ばしてくれた。たとえばクロップには、とてもユニークで強烈な個性があった。選手を惹きつける何かをもっていた。グアルディオラは強い意志と哲学をもっている。ディテールを重んじ、戦術面も幅広く斬新だ。狭いスペースでのボールキープのやり方、人ではなくボールを走らせるということを教えてもらった。ドイツ代表のレーブは、チーム内の問題に立ち向かい、対話をして解決するのが上手い監督だ。彼らに共通するのは、個々の集まりであるチームを惹きつけ、引っ張っていく力だ。若いうちに彼らから学ぶことができたのは、僕の財産だった」
ドルトムントでもバイエルンでも、ドイツ代表でもゲッツェは『天才』と呼ばれてきた。 しかし練習で見せる彼の姿は、天才に似つかわしくない”泥臭さ”。
芝の上で繰り広げられるロンド(パス回し)で、ゲッツェは必死に走り回る。それを見守る監督グアルディオラ。シャビ・アロンソは黙々とパスを紡いでいく。ボアテンクのパスがずれると、ミュラーが大げさにからかう。 年若いゲッツェに国の英雄としての威厳や貫禄はない。むしろゲッツェは、年の離れた兄たちに囲まれた”小さな弟”のようにしか見えない。ゲッツェはまだまだ兄たちから学び足りないようだ。
成長意欲の旺盛なゲッツェが、繰り返し読んでいる一冊の本がある。
ラファエル・ナダル(テニス)の自伝『マイ・ストーリー 』
Mario Götze「ナダルとは年齢も立場も、やっているスポーツも違う。それでも僕は、同じアスリートとしていろんな人から学びたいと思う。ナダルに惹かれるのは、絶望や不安を抱えながらも、それに立ち向かっていく強さがあるから。大きな負傷で長期離脱した時期もあった。そこから再び上り詰めていく姿は、サッカー選手としても人間としても勉強になるんだ」
その本には、ナダルの輝かしいキャリアばかりが書かれているのではなかった。苦悩や不安、絶望など、人間としての弱さが丁寧に描き込まれているのだった。その”弱いナダル”の言葉がゲッツェの心を打った。ページをめくるたびに学びがあった。
いまだ22歳のゲッツェには、ふたたびワールドカップで輝く可能性が大きく残されている。
Mario Götze「年齢的にみて、あと2度はワールドカップに出られると考えている。3年後のロシア大会と、7年後のカタール大会だ。それまでにCL(欧州チャンピオンズリーグ)で優勝して、そしていつかもう一度、ワールドカップを掲げたい。僕にはプロとして諦めなければならないこともある。けれど後悔はまったくない。バイエルンとドイツ代表のユニフォームを着てプレーできているのだから」
「”あのゴール”は確かに、僕の人生を変えた。でも、もう満足だという気持ちにだけはさせなかったね」
(了)
ソース:Number(ナンバー)875号 羽生結弦 不屈の魂。フィギュアスケート2014-15 (Sports Graphic Number(スポーツ・グラフィック ナンバー))
マリオ・ゲッツェ「ワールドカップのゴールが僕の人生を変えた」
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