今か3年前、2010年夏
イタリア・サッカーリーグ「セリエA(一部リーグ)」の「チェゼーナ」が、唯一の外国人枠で日本人ディフェンダーを獲得した。
「だが、彼に強い関心を寄せるイタリア人は少なかった。注目に値する選手ではないと思ったに違いない(Number誌)」
それでも、その「小さな日本人」は開幕戦から気を吐き、強いインパクトを残す。
無尽蔵のスタミナと抜群のスピード、努力する姿勢、そしてイタリア人好みの明るい性格。
「それに目をつけたのが名門『インテル』だった。2011年1月末、スピード移籍が成立する(Number誌)」
「ユウト・ナガトモ」
「170cmのダイナモ」
彼が今、日本人にとっては狭き門となったイタリア・セリエAで活躍する「唯一の日本人」である。しかも、強豪イタリアを代表するクラブ「インテル」の主力選手として。
「イタリア代表と戦う日を楽しみにしていた」
日本代表のユニホームを着た「長友佑都(ながとも・ゆうと)」は、コンフェデレーションズカップで念願の「日本vsイタリア戦」に臨む。
「チェゼーナやインテルはもちろん、セリエA全体を通して、日本人のナガトモを獲得して良かったと思ってもらえるくらいのプレーをしたい」と、長友は対戦の前日に言っていた。
長友は「先制点がカギになる」と睨んでいた。
「イタリア人は勝負に対して貪欲。サッカーに限らず普段の生活から勝ちにこだわる。だから、日本が先制点を決めれば彼らは焦るだろうし、戸惑うはず」と、イタリア生活3年の長友は話す。
「迎えたその一戦で、日本は先制点にとどまらず、追加点まで決めてリードを広げた(Number誌)」
まさかの「2 - 0」。イタリア優位の下馬評を見事にひっくり返して、日本はイタリア相手に一時「2点リード」という予想外の展開を見せていた。
1点目はPKだったものの、2点目などは香川真司が「名手ブッフォンが一歩も動けないファインゴール」をイタリア・ゴールに叩き込んだ。
長友も「試合への入り方はパーフェクトでした」と話す。
だがこの試合、最終的にイタリアの逆転勝利に終わる。
一時的にしろ2点もリードしていて、なぜ日本は負けたのか?
イタリア歴戦の名将カペッロ(現ロシア代表監督)は、こう語る。
「あの2-0の場面で最も必要だったのは、不要なリスクを負うのではなく、セーフティー・ファーストでただただ勝利に徹する『リアリズム』だった。たとえば、チームの重心を10〜15mほど下げ、あえて相手に主導権を渡す素振りを見せてイタリアを走らせてもよかった。そうしておいて、カウンターを狙う時間帯があってもよかったのだ」
同じような意見を、イタリア人記者ミケーネ・ハイモビチは語る。
「たとえばイタリアが2-0で勝っていたら、日本のように攻めはしない。一度後方に引き、プレーのリズムを落としていたはずだ。日本は正直すぎたんだよ」
両者はともにイタリア人。伝統的に守備にこだわる「カテナチオ(錠前)」の意見だという人もいるだろう。それは名将カペッロも認めるところで、彼はこうも言う。
「また、カペッロはいかんせん守備的だから…と言われそうだが(笑)。守れずして攻撃はない。『上質の守備は上質の攻撃を生む』。いわば、守れないチームは勝てない」
この点、日本の「カテナチオ(錠前 = 守備)」は確かに弛かった。「4失点」という数字はそれを如実に語っている。
「たとえば後半5分に『2-2』とされた場面。ゴール間近で致命的なミスをした吉田麻也や、オウンゴール(自殺点)をしてしまった内田篤人のプレーばかりが云々されるが、そもそも日本の守備陣はジャッケリーニに気を取られ、バロテッリをフリーにしていた(Number誌)」
守備陣の一人である長友は、こう語る。
「失点が多いという現実はディフェンダーとして素直に認めなくちゃいけない。まだまだ脆さがある。結局崩されてしまうのは、1対1の場面やマークが外れているとか、そういう部分。個としての力を磨く必要がある。『半歩、寄せられるかどうか?』、その小さな差が大きな結果につながる」
また、イタリアの試合展開には「リズムの緩急」があった、と元日本代表の中田英寿は指摘する。
「ピルロが指揮者のような役割を担い、ゆったりとボールを回していたかと思えば、急にトップスピードで攻め込んでくる。そのため、日本のディフェンスの対応が後手に回る。対する日本の攻めはリズムが一定で対応しやすかった。もっと長短のパスを織り交ぜ、テンポに変化をつけられればよかった(中田英寿)」
試合終了のホイッスルとともに、長友佑都はピッチにへたり込んでしまった。
「3-4」でイタリアの逆転勝利。結局は、勝ちに貪欲だったイタリアが勝ちをむしり取った。たとえ試合内容は悪くとも、イタリアは「勝つサッカー」をするだけの力をもっていた。
座り込んでいた長友は、イタリア代表のデロッシとバルザーリの気配にスクっと立ち上がる。
「うれしいことに、デロッシから『ユニホームを交換しよう』と言ってもらえた」と長友は話す。「僕らが不甲斐ない試合をしていれば、そんなことは言われなかったはず。だから、日本のユニホームを欲しいと言ってもらえたのは、素直に嬉しかった」
試合後のミックスゾーンでも、長友はイタリア・セリエAでのライバルたちに声をかけられる。
「マリオ・バロテッリが取材を受けていた長友の肩を叩く。イタリア人選手たちの長友を見る目はどことなく優しい。長友を戦友として認めているからこそだろう(Number誌)」
「勝つべきは日本だった」
イタリア代表監督のブランデッリや、代表キャプテンのブッフォンはそう言った。
「イタリアに怯むことなく立ち向かった勇気」、それが日本が誇る最大の武器だったと、カペッロは語る。「おそらくザック(ザッケローニ)は『恐れることなく果敢に攻める姿勢』に特化したかったのではないだろうか」。
「今回のイタリア戦が、日本代表ザッケローニ体制下の『ベスト・パフォーマンス』になったのは間違いない(Number誌)」
今回、長友はイタリア代表の選手たちに「日本は素晴らしいチームだ」と言ってもらえたことを素直に喜ぶ。
だが、試合に負けたことは「悔しい」。それでも、確かな収穫はあった。
「一人ひとりがチャレンジできたからこそ、これからW杯までの1年間、どのように過ごせば勝てるのかということを身をもって知れたはず。目指すべき方向性に気づけたことは嬉しい」と長友は言う。
幸にも不幸にも、「日本のサッカー・スタイル」はまだ確立されていない。
だが、このイタリア戦を通して「ビルドアップからフィニッシュまでの型が浮かび上がり始めた(Number誌)」。
中田英寿は「揺らぐことのない日本のサッカー・スタイルとは、どんなものだろうか? 今の代表には、イタリア戦のように点を取りに行って『勝つ姿勢』を貫いてほしい」と語る。
守備陣である長友も、攻撃にはこだわる。
「僕が見てきた世界一のサイドバックで、守備だけの選手っていない。守備はもちろん、攻撃ができなきゃいけない。だから自分がチームのストロング・ポイントにならなきゃいけない」
長友が心に期するのは「世界一のサイドバック」。
その目標に狂いは生じていない。
「ただ、時間は限られているわけだから、逆算しながら日々やっていかないといけない」と長友は言う。
「でもね、5年あれば、人って、自分が思い描いている以上のところまで行ける、というのを僕は実感として持っている。5年後が楽しみだし、そのために今を大切にしたい」
イタリアに渡って3年、インテルに移籍して2年。
「ミラノの風」に吹かれている長友は、その成長を実感している。
もちろん直近の目標は1年後に控えたW杯ブラジル大会であろう。だが、長友の目はその先、5年後のW杯における自分の姿までイメージしているようだ。
世界を感嘆させるサイドバックとして…!
(了)
関連記事:
イタリア人よりも陽気な「長友佑都(サッカー)」
進化するイタリア・サッカー。守備から攻撃へ
ソース:Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2013年 7/11号 [雑誌]
「やっと、悔しい気持ちが出てきた。長友佑都」
「なぜ『2-0』から逆転されたのか。ファビオ・カペッロ」
「イタリア人記者が日本代表を採点」
「これは、意義ある惜敗だったのか」
0 件のコメント:
コメントを投稿