2013年3月9日土曜日

90'sの名勝負(テニス)。「伊達公子vs女王グラフ」



「じつは、僕は試合前から、そして試合が始まってからも『伊達さんがグラフに勝つチャンスはない』と思っていました」と、松岡修造は語り始める。

それは、今から17年前(1996)の国別対抗戦フェドカップにおける日本vsドイツの試合。「伊達公子(だて・きみこ)」は、ドイツが誇る世界ランクNo1の「シュテフィ・グラフ」と戦っていた。

それまでの伊達は、過去6回、女王グラフと対戦して一度も勝ったことはなく、グラフは「越えられない壁」として伊達の前に立ちはだかっていたのである。



さらに悪いことに、伊達は前日の試合で「左ヒザの靭帯」を伸ばしてしまっていた。

「歩行にも支障をきたすほどの最悪のコンディション。テーピングをぐるぐる巻きにし、かばいながらの動きでは女王の相手になるわけがなかった」と松岡修造。



第一セット、0-5。

最悪の予想通り、伊達は一方的に試合を進められていた。

脚のケガのために動きが十分でない伊達は、いきなり女王グラフに5ゲーム先取を許してしまっていたのだ。



「無理するな!」

松岡は思わず叫んでいた。

「うるさいっ!!」

そう言わんばかりの鋭い睨みを、伊達は観客席の松岡に突き刺した。



「そこからだった、伊達さんの心にスイッチが入ったのは…」

それまでとは別人のように、巧みにコースを打ち分ける伊達。スピードとキレも、決して女王に劣るものではない。



女王グラフのバックハンドにミスが目立っていたことに気づいた伊達は、執拗にバックハンドにボールを集める。

その策が奏功し、なんと伊達は連取された5ゲームを、まさかの5ゲーム連取でタイに持ち込み、最終的には、タイブレークの末にものにするのであった。一方的かと思われた第一セットを…。



フェドカップという大会は、国と国とが名誉と威信をかけて闘う試合。

「ともに闘う観客の心が、国を代表するという重圧と限界を超えた左ヒザにかわり、彼女の気力を支える大きな力となっていた(松岡修造)」



続く第2セットを奪ったのは、意地を見せた女王グラフ。

そして決戦は第3セットへともつれ込む。



「最終セットは両国のNo1同士の対決にふさわしいシーソーゲームとなった」

ともに譲らない一進一退の攻防。「4-4から伊達がグラフのサービスゲームをブレイクすると、すかさずグラフはブレイクバックして伊達のマッチポイントを凌ぐ」。



息詰まる展開に、息を飲む9,600人を超える大観衆。

松岡修造が「にわか応援団長」となって、有明コロシアムを大いに盛り上げる。

「これが国の威信をかけて闘うフェドカップ独特の雰囲気だ!」






第3セットは10-10までもつれた。

このセットはタイブレークシステムを採用しないから、相手に2ゲーム差をつけないと試合は決着しない。

「ここまでくると、技術うんぬんの話ではない。疲労はピークを迎え、集中力さえ途切れがちになる。まさに気力勝負となるのだ」



3時間25分の死闘。

それは、女王グラフのフォアハンドがネットにかかったところで、終止符が打たれた。

7-6、3-6、12-10。



「伊達さんは右手の拳を突き上げた」

一万人の観客の雄叫びが、コロシアムを震わせる。

「この瞬間、僕の魂が震えた(松岡修造)」



伊達公子が女王グラフを破ったのは、自身のキャリアで初めてのことであり、そしてそれは結果的に、生涯唯一の勝利(公式戦)となった。

試合後の伊達は、こう言った。

「私のテニス人生の中で、今日の試合は最高のものでした!」

女王グラフは、こう言った。

「この一敗は、なんら恥じるものではありません」



エース同士の一騎打ちを制した日本は、ドイツを3−2で撃破し、32年ぶりにフェドカップのワールドグループで準決勝にコマを進めることとなる。

しかし、この年の秋、伊達公子は「突然の引退」を発表すると、第一線から身を引いてしまう。

当時の伊達の世界ランクは8位(最高位は4位)。まさに絶頂期に、伊達は世界のコートから姿を消すのであった…。








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ソース:Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2013年 4/4号 [雑誌]
「女王グラフを倒した伊達公子の闘志に火がついた瞬間(松岡修造)」

2013年3月8日金曜日

ボクシングの世界王者は、まるで豊作貧乏?



ボクシングの世界チャンピオンは、いったい何人いるのだろう…?

「階級が細分化され、認定団体が増え、倍々ゲームで王者の数は膨れ上がった。マイナー団体も含めれば、その数は100近い(Number誌)」

最近は、同一団体の同一階級に正規王者のほかに、暫定王者やらスーパー王者、休養王者までがいる。



もはや、ボクシングの世界王者に「希少価値」は薄れた。

その結果、ベルトを巻いても、ひと財産を残すほど稼ぐのが「ほんの一握り」。そんな裕福な王者の方が、逆に希少となってしまった。

「最近では、世界王者でもアルバイトを続ける選手さえいる(Number誌)」



WBC世界Sフライ級の王者「佐藤洋太」も、そんな貧しいチャンピオンの一人。

「もっと注目されてもいい選手だが、今もガソリンスタンドで副業を続けている(Number誌)」

ちなみに、佐藤と同一階級には、別団体のWBAに河野公平というチャンピオンがいる(統一戦はいつのことやら…)。






現時点で、日本の世界王者は8名。

そしてさらに王者が乱立しそうな決定を、日本プロボクシング協会は下した。

「日本は長らくWBAとWBCの2団体のみに加盟してきたが、早ければ今春からIBFとWBOの2団体への加盟も認めることとなる(Number誌)」



ボクシングの世界王者は、まるで豊作貧乏。

「今後は『ただのチャンピオン』では待遇も保障されない。複数のタイトルを同時に保持するなどの『付加価値』なくしては評価されなくなるのかもしれない(Number誌)」

どうやら、世界王者というのは選手たちの到達点ではなしに、単なる一里塚と成り下がってしまったらしい…。






ソース:Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2013年 3/7号 [雑誌]
「王者格差時代に求められる希少価値と付加価値」

2013年3月7日木曜日

鄭大世(チョン・テセ)の「エゴ」。ハーフナー・マイクの「和」



父は韓国籍、母は北朝鮮籍。生まれは愛知県、つまり日本育ち。

そんな多国籍なストライカーが「鄭大世(チョン・テセ)」という男(日本語、朝鮮語はもとより、英語、ドイツ語、ポルトガル語をも使いこなす)。







「骨付きカルビ的戦闘力」をもつというストライカー、鄭大世(チョン・テセ)。

Jリーグでは3年連続2ケタ得点を記録(2007, 2008, 2009)。

ワールドカップ(南アフリカ)には、北朝鮮代表として出場(北朝鮮代表としては34試合16得点)。



しかし、その後に渡ったドイツでは鳴かず飛ばず。

2部のボーフムではリーグ戦39試合14ゴールとまずまずだったが、1部のケルンでは5試合無得点…。そして、チームはほどなく2部に降格…。

「静かであってはならぬ男は、とうとう静かなままだった(Number誌)」



「嫌うんですよ。エゴイスティックなプレイを」と、鄭大世(チョン・テセ)は振り返る。

チームの規律に厳格なドイツでは、鄭大世のような「エゴイスティックなプレーをする選手」が極端に嫌われるのだという。

「周囲を活かしてパス、パス、パス。ストライカーにもまず献身を求めるんです」と鄭大世。



日本(Jリーグ)でプレーしていた頃、鄭大世のエゴは「許されていた」。

なぜなら、日本では協調性がそもそもの前提にあって、鄭大世のようなエゴイストこそが希少だったからだ。

「日本では多くの人がストライカーに物足りなさを感じています。それは、周囲に嫌われてもエゴイスティックなプレーをする選手がいないからです。だから、僕が許されてきたんですよ。自分のことしか考えなくても」と鄭大世は言う。



ところが、ドイツでは個人の自己主張の方が自明だからこそ、チームの規律が重視される。

日本とドイツ、結果的には両国ともにチーム・プレーが重んじられているわけだが、その過程はまったく異なる、と鄭大世は言うのである。

日本は「和」がベースにあるのに対して、ドイツは「独」を抑えるための規律なのである。ゆえに、「ドイツではエゴイストは称賛の対象とはなりえない(Number誌)」



エゴで行くか、それとも周りを活かすのか?

その狭間で、鄭大世(チョン・テセ)は悩み、もがき、苦しんだ。

「キーパーと2対1になった時、横に味方がいたら、パスを出せばほぼ100%の確率で決まる。その状況で、自分がシュートを打つのがエゴ」と鄭大世は言う。

しかしそれでも、最初からパスを出そうとしてしまうと、キーパーにゴールの危険性を与えることができなくなってしまう。まさにその「際(きわ)」が、エゴか否かの分かれ道。



「鄭大世(チョン・テセ)のサッカー人生は、『ゴールのみが善』という一点で簡潔であった(Number誌)」はず。

「お前からゴールへの積極性をなくしたら、何があるんだよ」と、かつての恩師・関塚隆氏(川崎フロンターレ)からは言われた。

ゴールできるから、もっとゴールできる。ところが、「ゴールを取れないと、ずっと取れない」。ドイツではすっかりボールに見放されてしまっていた。



アチラ(周り)を立てれば、コチラ(エゴ)が立たず。

結局、鄭大世はドイツ流の規律に順応することができなかった。そして、かの地を去った…。

日本では評価されていた「見えない努力」も、ドイツでは無価値。実戦の結果だけが全てであった…。







一方、両親がオランダ人の「ハーフナー・マイク」は、どこから見ても完全にヨーロッパ系の顔立ち。

しかし、ハーフナーの立ち振る舞いには「謙虚さ」や「礼儀正しさ」がにじみ出ている。彼には日本人特有の「空気感」が漂っているのである。

それもそのはず、彼は日本生まれの日本育ち。オランダ語も英語も話すが、「やっぱり日本語がホッとしますよね」とハーフナー。



エゴの塊のような鄭大世とは対照的に、ハーフナーは「あまりにも日本人の美徳を身につけ過ぎている(Number誌)」。その「和の心」は、サッカーをする上でデメリットになることも…。

「日本では調子に乗ったら叩かれるじゃないですか。だからなるべく静かにしていたし、自分を出すにしても徐々に徐々にと思っていました」とハーフナー。

空気を読みすぎてしまうハーフナーは、ストライカーとしての自己主張(エゴ)が足りなかったのである。



そんな謙虚なハーフナーは今、オランダに来て、考えを変えつつある。

「オランダのストライカーを見ると、『クレイジーな部分』を感じます。自分もそうならなきゃって思います」と、ハーフナーは言う。

オランダには、「バレないように肘を突き、足を踏み、頭突きをする」プレーヤーもいる。相手を殴り倒すような激しさもある。

「日本とは、競り合いの時に押される『グイグイ感』がまるで違う」とハーフナー。



どうやらハーフナーは、オランダで「野性的なストライカー教育」を受けているようである。

「監督からは、もっとBrutal(獣のように)なれって言われてるんですよ」とハーフナー。



………



鄭大世(チョン・テセ)の「エゴ」、そして、ハーフナー・マイクの「和」。

アチラを立てれば、コチラが立たず、コチラを立てれば、アチラが立たぬ。

国境を越えてプレーする選手たちは、その狭間での苦悩も人一倍のようだ。



しかし、彼らが国境を越えるからこそ、「国境の意味」も薄れていくのであろう。

もともと国籍をまたいで生まれた彼らには、そんな役割があてがわれているのかもしれない…。







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ソース:Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2013年 3/7号 [雑誌]
「ストライカーはまた泣く 鄭大世」
「オレも野獣になってやりますよ ハーフナー・マイク」