2012年10月13日土曜日
孤高の前田智徳、代打に徹する(野球)。
「代打の切り札」
それが今の前田智徳(広島東洋カープ)である。前田が登場するのは、その一打で「試合の流れを変えられる場面」に限定されている。
「無駄なスイングは、ひと振りたりとも許さない」と前田は思い極めているかのように、代打を告げられた前田は、バッターボックスに入るまでの十数メートル、「いわゆる素振りは一度もしない」。
もちろん、彼が準備を怠っているわけではない。「あの人は、ベンチ裏でメチャメチャ降ってるから、いつも汗びっしょりですよ」と担当記者は語る。
そのストイックな様は、まるで銀幕スターの「高倉健」。
高倉健も、「本番は原則的に一回しか行わない」そうである。その一回に賭けることで、集中力を極限まで高める、とのことである。
かつての前田は「来た球を打てた」。緩いボールを待ちながらも、速い球を自然に打てたという前田。「そんなことができるのは、調子の良い時のイチローぐらい」とまで言われた天才、それが1995年までの前田智徳だった。
運命の1995年、彼は右アキレス腱を断裂。以後、しつような故障に付きまとわれ、「芸術的な打撃」はすっかり影を潜めてしまう。「あれだけの怪我をしたら、普通はもう引退してますよ」と言う人まで…。
本人も、「前田智徳はもう死にました」という、ある意味、名言を吐いたほどだった。
通常、「専任の代打屋」は非エリートの収まるところであり、前田智徳のような2,000本安打まで達成したエリート中のエリートの座る席ではないという。
それでも、プロ入り23年目、41歳の前田の代打稼業は今年で3年目。まるで「自分の居場所はここ以外にはない」と思い極めているかのようである。
「代打に徹している感じがするよね」と語るのは、ミスター赤ヘルこと山本浩二。
ヒットを打った時も「グラウンドでは白い歯を見せるべきではない」という美学を貫く前田。「打っても、ブスーっとしており」、「ホームランでも首を傾げる」。
担当記者に対しても「そってしといて下さい」と無口な前田は、サインを求める子供のファンにさえ、「サインは引退しました」と丁重に断る。ファンに手を振ることも滅多にない。
それでも、場内に「バッター・前田」の代打がコールされると、球場は割れんばかりの拍手と歓声に沸く。「今、もっともカープ・ファンに愛されているのは、前田なのだ」。
「生きながらにして、すでに『伝説』となった前田」
前田が前田を貫くこと、前田が前田を演じ切ること。この「変わらぬ生き様」がファンのハートをガッチリとつかんでしまっているのである。
「前田は自分がプロであることに、誰よりも強い矜持をもっている」
変わらなければならない部分と、変えてはならない部分があるとすれば、前田が前田であることは、きっと「変えてはならない部分」なのであろう。
彼をよく知る人は、「本当は寂しがり屋なんですよ」と前田を評する。
凡打したときに表情を消す前田には、ファンの期待が痛いほどに分かっているのだろう…。
その後ろ姿がどれほど静かであろうとも…。
ソース:Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2012年 10/11号
「前田智徳 千両役者が貫く覚悟」
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