2018年4月12日木曜日

四股と鉄砲と摺り足と[貴乃花]


Number誌スペシャル対談

貴乃花光司 × 村田諒太

より






貴乃花  修業の一環で、風呂流しというのがあるんです。銭湯で師匠の背中を流すんですね。それで、あるとき師匠をふっと見たら、お湯に浸かってあぐらをかいて、つかまるところもなく、修行僧みたいに座っているんですよ。普通ならフラフラしちゃうようなところで。何なのかな、あれ? と思って。それは引退して運動しなくなっても、座っているだけで足腰、今言われるインナーマッスルを鍛えていたんですね。

村田諒太  体幹だとか。

貴乃花  まさに。外の筋肉は落ちても、骨格筋というか体幹は一生の杵柄だ、と言われるんです。こっちはヘトヘトで稽古を終えて、なんとかピシッとして風呂流しをしているんですが、その弟子たちに、風呂でゆっくりしながらも、できるか? できるようになれ、と無言で教えているんですね。

村田  できるようになったんですか?

貴乃花  ならないんです(笑)。だから、運動神経によほど自信があったんだなと。四股についても言っていたのが、壁にくっついていると身動きとれないじゃないですか。それで四股を踏むのが当たり前だ、と。

村田  壁を背中につけるんですか?

貴乃花  胸をつけるんです。密着して腰を下ろして、足を上げる。

村田  えぇえ!?(笑)

貴乃花  壁がなくてもその形で踏むのが本当の四股なんです。丹田から頭の軸が、下半身に通っていないとできないんですね。

村田  相撲のトレーニングで一番きついのは四股だと聞いたことがあります。





貴乃花 基本は四股と鉄砲と摺り足です。これはちゃんとやればやるほど大変で、逆にこれさえ苦しんで毎日やっていれば、どうにかなっちゃう。精神的にも鍛えられる。同じことの繰り返しなんですが、やればやるほど軸がブレてきちゃうんです。それを寸分の狂いもないようにやっていくには、自分の感覚を鍛えるしかない。

村田 もう完全に無意識の状況ですか。

貴乃花 そうです。まわしって、巻くと言わず締めると言います。おへその下の丹田を中心軸に、ここに腰で締める。そして、頭で結っている髷。髷の結び目を上に引っ張ると、身体の軸を意識できます。この正面から見た軸、それと、横から見た軸。これが重なるところが、丹田です。この丹田が出ていないといけません。相撲では突き押しというものがありますが、それは結局、腰の回転で、それを鍛えるのが鉄砲なんですね。そして、足を踏み込めないと、相手を押せない。それが摺り足です。その原型、足を上げる前の形が四股です。

村田 それがなければ、結局は崩れた形になってしまうということですか。

貴乃花 そうなんです。ケガもしやすくなります。股関節の間の軸、戦っている間にここから頭が出てしまうと負けです。

村田 ボクシングもそうです。絶対、頭が軸から前に行ってしまってはダメです。

貴乃花 軸がブレると、相撲でも簡単に押されるし、倒されるし、はたかれる。ですから、ブレないように腰でくっついていく。それが四股、摺り足、鉄砲の基本なんです。

村田 相撲の稽古に参加させてもらったことがあるんですが、僕は鉄砲の、右足を出しつつ右手を出すという動きがつかめなかったんです。西洋的なスポーツって斜めの動きで、右ストレートを打つなら左足を踏み込みますが、相撲は違うのかなと。

貴乃花 いえ、相撲もそこは同じなんです。流れるような踏み込みで、一瞬のうちに右足を出したら左手が出ないと、腰がぶつかっていかなくて力が出ない。鉄砲がそうなっているのは、手を柱から片方しか離さずに行うことで、身体の軸がブレる動きを制限して、わざときつい動きにしているんです。本当にやるときには、足のかかとから裏を全部地面につけて、腰の中心の丹田をぶつけて、まっすぐ突いていく。今で言う初動負荷の運動の原型です。手を離さずに全身をつなげて鍛えるのですごくきついです。そして実戦では自然に左足が出たら右手、右足が出たら左手、となる。

村田 そうなんですね。僕は自分では、あれは左右に軸が2つあるナンバの動きなのかと思っていました。

貴乃花 そういうわけではないんです。動きを制限するということですね。そして腰をできるだけ、地面につくくらい低くする。一番やらなきゃいけないのが、一番きつい、低い状態です。相撲は無差別級で大きい相手もいますから、きつい動きをしておかないといけない。手を離して鉄砲をすれば楽なんですよ。パチャーン、パチャーンと柱を叩けばいい。あれは違うんです。腰を入れて、ドスーンといかないといけない。

村田 こんなことを言うとアレなんですが、稽古を拝見したとき、鉄砲は鍛えるというより、型の練習なのかなと思ってしまったんです。そんなことはないんですね。

貴乃花 基本中の基本で、基本が一番きついんです。最初は四股からで、多少ブレてもとりあえず足が上がるようになるところから教えるんですね。二足歩行のバランスを司るのは土踏まずです。それで、四股って四つの股と書きますけれども、土踏まずの後ろ、かかとの骨が一個、それと前の親指の付け根の骨で2個。かける両足の2で四つの股の四股なんです。

村田 ええっ、そうなんですか!

貴乃花 漢数字の四は、バランスを司っている4つの骨という意味なんです。こうやって(足で床をつかむように実演しながら)土踏まずで土をつかまないと意味がないので。そして、ブレないように足の内側に締めながら、かかとを親指の方向に動かす。これが四股なんです。

村田 うわ、全然できない。いや、凄いな。

貴乃花 相撲が厳しいのは、こうやって内に締めておくだけでは、上から乗っかられると、それこそ靭帯をやられておしまいなんですね。だから開くんですが、内に入れたまま開く。それで戦うのが相撲なんです。

村田 内に入れたまま開く。

貴乃花 足が揃っていると、どんな人間でも正面から押されてしまいます。でも、そこからこう(上体を斜めに回す)すると、ロックがかかって押されにくくなります。こうして応戦するんですね。でもあくまでも、身体、頭はまっすぐなんです。簡単といえば簡単なんですが、このきつさがわかっていないと、なかなか。

村田 しかし確かに、四股ってどうして四つの股なのかと思っていたんですよ。

貴乃花 片足2つの骨、合計4つを地面から離したらいけませんよ、ということです。靴を履く前、人間の原型の鍛え方です。かかとから土踏まず、かかとから土踏まず、と歩く。これで腰をおとして、かかとをつけて進んでいくのが(実演しながら)摺り足です。かかとをつけて、土踏まずから、指の付け根の骨でつかむ。そのまま前に行く。今度は、軸のかかとに、逆の足のかかとを持って行って進む。日本の人は昔、鼻緒のある草履を履いていたじゃないですか。生活の中で自然に、足でつかむ動きをしていたんですね。家の中も畳だし。



出典:Number誌 2018年4月12日号













1 件のコメント:

  1. とても示唆に富む記事ですね。
    シェアありがとうございます!

    返信削除