2014年7月4日金曜日

小が大に食ってかかる [チリ]




小が大を、弱が強をひっくり返すには?

「徹底攻撃だ」

南米の小国チリ、前代表監督のマルセロ・ビエルサは言った。

「攻める。とにかく、攻める。ヘタな鉄砲、数撃ちゃ当たる、というわけだ。数を撃つために、攻める」

異端の軍師、ビエルサの辞書に「弱気」の二文字はなかった。自軍のチリに傑出したタレントがいないことなど問題ではなかった。






勝利するには、得点が必要だ。

得点するには、攻撃が必要だ。

攻撃するには、ボールが必要だ。

——ボールがなければ攻めようがない。ビエルサ流の徹底攻撃は「ボールへの執着」から出発している。ボールを失った瞬間から、失ったその場所で、全員が、一斉にボールの回収へと動き出す。いわばボールの最速奪取。相手に速く激しく寄せて、またたく間にボールを奪い返す。チリの面々には球際の争いで一歩も譲らない激しさがあった(Number誌)。



ボールを奪うや、電光石火の攻撃。一路ゴールへダイレクトに迫る。

破格の走力をもって全力で、各選手が続々と攻撃参加。質より量。一人の天才よりも、数の優位を信じて。

「走れ! 奪え! 攻めろ!」

ハードワークによる圧巻のダイナミズム。よく走り、よく闘う集団。それがビエルサの育んだチリ代表であった。






前回の南アフリカW杯(2010)

チリはグループリーグで強豪スペインと激突した。



ボールの独占を企むのは、スペインのお家芸でもある。そのスペインから如何にしてボールを奪うのか?

ビエルサの答えはシンプルであった。

「徹底したマンマーキング」

チリの各選手は、あたかも影武者のようにスペイン選手に付きまとった。



結果は1-2と、スペインに軍配が上がったが、試合後、スペインのデルボスケ監督はこう言った。

「チリは1メートルの隙も与えてくれなかった」

チリは37分にエストラーダが退場処分となっており、勝負の行方は早々に決したように思われた。それでもチリは果敢に攻め続けた。その姿勢を崩さなかった。手負いのチリは、あくまで徹底攻撃を貫いた。後半立ち上がりに1点返したのは、その成果であった。



——スペインに次ぐグループ2位に食い込んだチリは、1998年大会以来のベスト16入り。決勝トーナメント一回戦で王国ブラジルに屈したが、その堂々たる戦いぶりは、堅守速攻を拠りどころとしてきたチリのイメージを覆すものだった(Number誌)。

「奇抜なアイディアを思いつく者は、それが成功するまで常に変人である」

これはビエルサの名言である。実際、ビエルサは南アフリカ大会で、変人から英雄になった。











ビエルサの後を継いだのは、「ビエルシスタ(ビエルサ信奉者)」の一人、ホルヘ・サンパオリであった。

——サンパオリの戦法は、ビエルサのコピーを思わせるアグレッシブなものだ。苛烈なハイプレスから、ダイレクトにゴールへ迫る。ハードワークと人海戦術がベースになっている点も変わらない(Number誌)。

南米予選は、サンパオリが新監督に就任後、破竹の勢いで突破。ビエルサの頃よりもスケールアップした感さえあった。

——完璧主義のビエルサよりも選手のミスに寛容で、誰とでも親しく接するサンパオリ監督は、「バージョンアップしたビエルサ」と評された(Number誌)。






そして今回、ブラジルW杯(2014)

チリは、またしてもスペインとグループ同組になるという因縁。



だが今回は、チリのスケールが前回王者を上回った。徹底したマンマーキングでスペインからボールを奪うと、鋭い速攻を浴びせかけ、王者を守勢に追いこんだ。

結果は2-0。ハードに走り、激しくファイトしたチリは、王者スペインのグループリーグ敗退を決定づけた。

ビエルサから引き継がれた「勇者のDNA」は、サンパオリのチームでも確かに脈打っていた。



「走れ! 奪え! 攻めろ!」

平均身長176cm。大会最低身長、もっとも小さなチーム、チリ代表は「誰よりも走る」ことを徹底していた。





進んだ決勝トーナメントの1回戦

その相手は、またしてもブラジル。まるでデジャブのような因縁。



試合前、サンパオリ監督は言った。

「ネイマール(ブラジルのエース)には、何人かの選手で対応する」

ネイマールさえ抑え込めば、ブラジルの脅威は半減する。チリは相手エースを2〜3人で取り囲み、複数マークで封じ込めた。ネイマールがポジションを移動しようが、小さなチリ人たちは「活きのいいミツバチ」のようにまとわりついた。

——そしてチリは、ボールを奪取すれば数人が前方のスペースへと走り出す。ボールポゼッション(支配)時の両チームの走行距離は、チリの5万832mに対し、ブラジルは4万3,392m。ボール奪取後にどちらがスピードのある連動攻撃を見せていたのかは明らかだ(Number誌)。



試合は最後の最後までもつれた。

前後半90分は1対1のままに終わり、延長30分を戦っても決着はつかなかった。

勝敗を分けたのはPK戦。ブラジルの守護神セザルは、チリのPKを2度までも止め、最後のキックはポストに弾かれた。幸運にもベスト8へと駒を進めたのはブラジルだった。

——内容を見ても、勝者と敗者のあいだに力の差はなかった。むしろチリが押している時間のほうが目立ったくらいだ。徹底した対策を立ててきたチリを前に、ブラジルは苦しんだ。ネイマールはサンパオリ監督の頭脳とチリ人の献身に抑えられ、そのほかのブラジル攻撃陣は機能不全に陥った。守備でもブラジルはミスが目立ったように、組織的完成度はチリのほうが高かった(Number誌)。



試合後、サンパオリ監督は悔やんだ。

「あれは歴史をつくるべき瞬間だった」

それは試合の最後に、ピニージャのシュートがバーを叩いた場面だった。

「”ミネイラソ(ミネイロン・スタジアムの奇跡)”を達成できるはずだったのだが…」






(了)






ソース:Number(ナンバー)コロンビア戦速報&ベスト16速報
ブラジル対チリ「王国復権への苦しみ」
マルセロ・ビエルサ「徹底攻撃を貫いた狂気の戦術マニア」



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