2013年7月16日火曜日
ネイマールの覚醒とブラジルの復活 [サッカー]
サッカー・コンフェデ杯でブラジル代表が優勝を見せる前まで、ブラジル国民は「懐疑的」だった。とりわけ、点取り屋である新10番「ネイマール」に対しては。
それも無理はない。ブラジル代表として初の国際大会となった2011年の南米選手権、ネイマールは4試合で「たったの2ゴール」に終わり、チームは準々決勝で敗退。翌年のロンドン五輪においても何も出来ずに決勝でメキシコに敗れている。
ブラジルのクラブチーム「サントス」では圧倒的なプレーを見せるネイマールであったが、ブラジル代表のユニフォームを着た彼のパフォーマンスは「何とも物足りなかった」。
「なぜホームでプレーしているのに、ネイマールにブーイングが浴びせられるのか? 私には理解ができない」
ブラジル代表のスコラーリ監督は、コンフェデ杯の開幕前、そう不満を表していた。そしてこう訴えた。
「ブラジル国民はセレソン(ブラジル代表)を信じて欲しい。国が一つになってこのチームを後押しするのが、何よりも大事なことなんだ」
そして迎えたコンフェデ杯。
ネイマールの覚醒は、わずか3分で起きた。
Number誌「今大会、ネイマールが主役となるまで時間はかからなかった。開幕戦では日本を相手にわずか3分で先制点を決めた。ブラジルの観衆に挨拶するかのような、美しい右足のハーフボレーだった」
続くメキシコ戦、今度は左足ボレー。イタリア戦ではフリーキックから名GK(ゴールキーパー)ブッフォンを破ってみせた。
Number誌「右足、左足、セットプレーと、ネイマールはあらゆる形から得点を生み出していく」
ブラジルのサッカー専門誌「ランス(Lance!)」は、覚醒したネイマールをこう称賛した。
「今大会のネイマールはこれまでと明らかに違った。得点にアシスト。ドリブルにも切れがあり、何度もファウルを奪いFK(フリーキック)も決めた」
そして、こう締めくくる。「彼がブラジルを優勝に導いた! ついにネイマールは厳しいブラジル人のテストをクリアしたんだ!」
ブラジル代表が優勝を決めた夜、コパカバーナの一角にある飲み屋には、カナリア色のユニフォームを着たブラジル人たちがわんさかと詰めかけていた。
「なぁ、見たよなお前!」
店内のテレビ画面には、数時間前にゴールネットを揺らしたネイマールの左足のシュートが、何度も何度も繰り返し流されている。
「O campeao voltou!(戻ってきた王者たち) セレソン(ブラジル代表)は居るべき場所に戻ってきたんだ!」
コンフェデレーションズ杯、決勝の相手は世界王者スペインだった。下馬評ではスペイン有利。
そんな下馬評をものともせず、セレソン(ブラジル体表)は国民の目の前でスペインを破って見せた。スコアは「3 - 0」。90分間にわたりスペインを翻弄し続けたカナリア軍団。
「それは冗談みたいな圧勝だった(Number誌)」
ブラジル人たちは「幸せな時間」に酔いしれた。もうとっくに日付は変わっているが、そんなの関係ない。飲み屋の外も、通りの向こうもみな黄色に染まり、浜辺にも黄色い笑い声が響いていた。
Number誌「今大会のブラジルの優勝は、代表に対する国民の評価を180°変えた」
開幕前、不正を糾弾される政治家のようだったスコラーリ監督は、一転してその采配を絶賛されることになる。彼の見事なところは、批判されていたチームの体制を変えることなく、基本となる11人にはほとんど手を加えなかったことだ。
スコラーリ監督は言う。「色んな意見があった。ルーカスを使え、グスタボじゃなくエルナメスを起用しろ。それでも私はこのチームを信じていた」
一方、スペインやイタリアなどは大会中にメンバーを代えながら戦っている。今回のコンフェデ杯は短期間で行われたこともあり、テストの意味合いも強かったからだ。
スコラーリ監督の戦い方は明白だった。それは「ネイマールの能力」を最大限に活かすように、チームの連携を深めていったのである。
今大会、ブラジルの集大成ともなった決勝のスペイン戦はそれが象徴的だった。左サイドのオスカルが守備を捨てて攻め上がると、スコラーリ監督は「もの凄い形相」で怒鳴り、攻めを最前線の2人、ネイマールとフレッジに集中させた。
フレッジは決勝で2得点の大活躍を見せるのだが、そのフレッジも自らの得点よりもネイマールに効果的にボールを落とすことを最優先に考えていた。
大会後、ネイマールは「チームが僕を活かそうとプレーしてくれたんだ。彼らがいなかったら、僕が大会MVPになることもなかったと思っている」と謙虚に述べている。
ネイマールは大会MVPもさることながら、5試合を通して4度のマン・オブ・ザ・マッチ(最優秀選手)に選ばれている。つまり彼は大会中、満遍なく活躍して見せたのである。
「正直に言って、僕も開幕前はこんなにうまく行くとは思っていなかったんだけどね(笑)」とネイマールは素直に笑う。
稀有な才能ネイマールを活かすことに加え、スコラーリ監督のもう一つのポイントは「バランス」であった。
ブラジルのサッカー専門誌「プラカール」はこう記す。「インタビュー中、スコラーリ監督は『Equilibrio(バランス)』という言葉を、1時間半で13回も繰り返したんだ。彼はピッチ上でのバランスに、ほとんど取り憑かれているといってもいい」
ネイマールの美しいプレーは、チームのバランス力に裏打ちされたものだといい、じつはスコラーリ監督の采配はそれほど慎重なものであった。
Number誌「試合中、スコラーリ監督がベンチから飛び出すことがある。そのほとんどが『中盤やサイドの守備バランス』のことだ。監督は身体全体を使って、大げさなジェスチャーで選手に指示を送る」
「コンフェデレーションズカップ決勝、スペインを圧倒した『ブラジルの守備』は本当に見事でした」とサッカー解説者の小倉隆史は言う。
「前線から積極的に追うのでもキープレーヤーを徹底マークするのでもなく、中盤で素早く激しくボール保持者を囲い込む。この方法でパスの供給源であるスペインのシャビに仕事をさせなかったことが一つの勝因と言えるでしょう」
絶妙なバランスを保ったブラジルの中盤は、スペイン自慢の中盤を凌駕した。過去数年を振り返ってみても、スペインの中盤が劣勢に立たされたことはほとんどなかったにも関わらず。
この点に関して、スコラーリ監督は興味深い話をしている。
「私はバルセロナ(スペイン)よりもバイエルン(ドイツ)に惹かれている。彼らは技術だけではなく、激しさとフィジカルを兼ね備えている。私はそんなサッカーが好きだ」
スコラーリ監督がそう言う通り、ブラジルは技術というよりも「フィジカル(肉体・力)」でスペインを圧倒したのであった。そしてそれは明らかに「欧州CL(チャンピオンズ・リーグ)準決勝でスペイン・バルセロナを破ったドイツ・バイエルンの守備」を参考にしたものだった。
コンフェデ杯決勝のスペイン代表は「悪い時のバルセロナ」のようであり、一方のブラジルは「バルセロナを粉砕した時のバイエルン」を見るかのようであった。スペインの個々の動きは少なく、ブラジルの運動量は多かった。
ネイマールが「古き良きブラジル」の美しさを持つとすれば、スコラーリ監督の求めるのはそれと「最先端のサッカー」の融合であった。
「今のセレソン(ブラジル代表)は世界のどんな国にも勝つことができる」と、ブラジル代表のダニエウ・アウベスは俄然強気だ。
その言葉を今、懐疑的だったブラジル国民も信じられるようになっている。王国はついに復活の狼煙を上げたのだ。
だが、本番はあくまで来年のワールドカップ。
そして、王者は確実に「居るべき場所」へと戻りつつある…!
(了)
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ソース:Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2013年 7/25号 [雑誌]
「ブラジル 戻ってきた王者たち」
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