2013年7月22日月曜日

ホームランと王貞治 [野球]



「ホームランは長打の延長線上にあるものだと、王さんは考えている」

ソフトバンクの会長秘書はそう言った。



「王さん」とは言わずと知れた「背番号1」、王貞治(おう・さだはる)。

一本足打法によって通算868本のホームランを打った「世界のホームラン王(世界最高記録)」。現在は福岡ソフトバンクの会長の任にある。








王さんは「ホームランが出ない試合って、なんか物足りないでしょ」と話し始める。「一振りでガラっと試合を変えられる快感。野球の華というのかな。野球を知らない人でもホームランでワーッと盛り上がりますからね」

王さんのホームランはどこかゆったりとしていた。「ホームランを打つ」というよりも「スタンドにボールを運ぶ」というような王さん特有の時間の流れ、達人ならではの。



「ボールを遠くに飛ばしたい。これは人間の本能なんじゃないかと思うんです」と王さんは言う。

「僕の場合は、小さい時から不思議とボールが飛んじゃったんです。遠くに飛ばすというのは、先天的なものがあるんじゃないかと思いますよ。自分が意図しない、何か生まれつきのものは感じていましたね」

本能としての「遠くへ飛ばしたいという欲求」、そして「生まれつき」のホームラン。王さんは最初っから「飛んじゃった」と言うのであった。



それでも、自分を「不器用だ」と言う王さん。一本足打法は「ホームランの打てる幅」を広げるための工夫だったと語る。

「ボールを遠くへ飛ばす確率を上げていくためには、ボールを人一倍しっかり見なきゃいけない。だから早めにバックスイングして、ボールが来るのを待ち構える形にする。いつでも打てるよという形をあらかじめ作っておくんです」

王さんの打撃コーチだった荒川博さんによると、一本足打法の極意は「ボールを待つ」、そして「ボールが来たら打つ」ということだった。







その「待つ形」を作るために、王さんは「素振り」を繰り返した。

王さんは言う。「荒川さんの指導は、素振りで体に再現性をつくっていくというものでした。朝から晩まで荒川さんに素振りをさせられました。一人だったら、ああいう練習は絶対にできなかったなぁ」

素振りというのは、実際にボールを打つティーバッティングよりも「しっかりした足腰」が求められる。というのは、ティーバッティングならばボールの衝撃がバットにブレーキをかけてくれるが、素振りとなると衝撃を吸収してくれるものは何もない。

「本当にしっかりした土台がないとおさまらない。振り終わった時にフィニッシュが決められない。空振り(素振り)の練習をした方が足腰を鍛えられる」と王さんは語る。

素振りが正しく振れた時、「ビュッ」という音がする、と王さんは言う。「ブーン」ではなく「ビュッ」。そして、インパクトの瞬間は「ピュッ」だそうだ。








バッティングの「極意」を聞かれた王さんは、こう答える。

「やはり、キャッチャーが『あっ』というようなミス、失投を逃さず打つことだと思うんです」

王さんは「四角いストライク・ゾーンの四隅」を打つことは「無理だ」と言う。

「四隅の球をしっかり打というというバッティングは、100年かかっても無理だと思います。だって、みんなが何でも打っちゃったらピッチャーがいなくなっちゃうじゃないですか」

そう飄々と言う王さんは、じつにサバサバしている。バッターの打率というのは2〜3割。逆にいえば7〜8割は打てない球なのである。王さんが待っていたのはその2〜3割、とりわけ失投、甘い球だったのだという。



王さんは言う。「いいバッターは、1球も甘い球がなかった時はサバサバしてますよ。『あ、いま打つ球なかったよな。この打席は自分が打てなくてもしょうがない』って」

そう割り切れる選手は良い成績を出す、と王さんは言う。逆に「速い球も緩い球も、高いのも低いのも何でもかんでも打たなきゃいけない」と考えている選手は、ますます打てなくなってしまうのだという。

「あきらめるというより、次に引きずらないということかな。だってバッターは7割はミスるんですから。これ、人生そのものじゃないでしょうか。どの世界でも結局、同じことだと思いますよ」と、世界の王さんは語る。

好機を待てるということは、未来を信じられるということか。








本能でやっていたという王さんは、「集中力が持続しないタイプだ」と自らを評する。

「僕はアバウトなところでやってるんですね。ゴルフなんかも集中力が持続しないからやっぱり上手くならない。ところが不思議なことに野球だけは持続したんですよ」と王さんは言う。

なぜ、野球だけが?

「やっぱり、ホームランの感触が最高だからです」

王さんはキッパリとそう言い切った。



「でも、今はもうその感触を忘れてしまったんです」と、王さんはバットを優しく撫でながら続ける。

「自分でどう打っていたかというのも、40年も経てば忘れちゃうものなんです。良い当たりをした時ほど、あんまり手応えがありませんからね。悪い当たりの時は痛かったりマメができたりしますけど」



「ホームランは皆さんの気持ちの中に残るだけで、本人の中には残らないんです」と王さんはバットを手にもったまま、少し寂しげに話す。

良いホームランほど感触がないというのも皮肉なら、それが他人の心にしか残らないというのも意味深いものを感じる。



「でも僕にとっては、それだけ夢中でのめり込むものがあったということが幸せなことだと思います」

自伝「野球にときめいて」によれば、王貞治868本のホームランのうち、600本は今は亡き奥様と一緒に打ったものだと語っている。













(了)






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ソース:Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2013年 7/25号 [雑誌]
「王さん、ホームランの打ち方教えて下さい」

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