2016年4月15日金曜日

「挑める相手」と「初心」 [錦織圭]



「ボールをしばく」

テニスの錦織圭(にしこり・けい)は、そう表現する。

好調のとき、彼の ”しばいた”ボールは「尋常でないほどの伸び」と「恐ろしいほどの精度」を見せる。

全身の脱力がラケットヘッドを高速で走らせる。ヘッドスピードがボールに強烈なスピンと伸びを与え、それが精度にむすびつく(Number誌)

2014年マドリードのナダル戦、同年全米のジョコビッチ戦がそうだった。






しかし、世界上位ランカーという新しい立場でのぞんだ今季、錦織は後半になって失速した。

トップ10の地位を保たなければ、という責任感。下位の挑戦をうける重圧。もっと上位を狙わなければという”欲”。さまざまな雑念が彼の頭を疲れさせ、集中力を削いだにちがいない(Number誌)

「集中力」、それは錦織にとって大きなキーワードだ。

錦織の父・清志氏は言う。

「技術的にもメンタル的にもBIG4におよばない錦織圭が彼らに互角の戦いを挑めるのは、『類い稀な集中力』があるからだ」



集中しきったときの錦織はすさまじい。

選択はより的確に、巧みになる。詐欺師のように相手をだまし、手品師のように観客を驚かせる。だから彼のテニスは「見ていて楽しい」と言われる。

ただ、焦ったり、緊張で硬くなると、「単調なたたき合い」か「受け身のプレー」に陥る。サッカーでいう”10番のプレー”を実現するには、冷静さと高いレベルの集中力が条件となる(Number誌)






錦織の集中力に狂いが生じたのは、全米オープンからだった。


圭を狂わせた一つの試合、最もショックな出来事。あの「全米オープン1回戦敗退」は、僕(松岡修造)が思っていた以上に、大きなシコリとして圭の心に残っていた。

「去年(2014年)決勝まで行っていて、『全米は行けるんじゃないか』という気持ちもありました。夏の大会でもナダルに初めて勝って期待していた分、ショックの量は多かったですね(錦織圭)」

ここぞ、というときにギアを上げて、ポイントをもぎ取ることが圭の武器だった。その圭に、信じられないような凡ミスが続いた。相手は何もしていないのに、ミスをしてしまう。驚きだった。

いったい何故?

(Number誌・松岡修造)


振り返りたくもない、全米オープン1回戦。

セットカウント2-1で迎えたタイブレーク6-4、錦織のマッチポイント。攻め急いで、フォアハンドをミス。力が入りすぎていた。

錦織は言う。

「あのポイントはよく覚えています。打ち急いで無理をしてしまいました。確かに、あれから気持ちのの部分でモヤモヤして…」







そして迎えた自身2度目のWTF(ATPワールドツアー・ファイナルズ)

一年を締めくくるこの大会は、年間成績の世界上位8人だけが出場できる。錦織圭は2年連続の出場であった。



初戦の対ジョコビッチ

完敗だった。

錦織は言う。

「(ジョコビッチの)攻撃のように鋭いディフェンスが返ってきていたので、どうしようもない部分があった」



つづく第2戦、錦織は接戦のすえ、ベルディヒを破った。







そして第3戦

尊敬するフェデラーと対峙した。

試合前、錦織はこう言っていた。

「(フェデラーは)いちばん好きな選手。どれだけ彼に通用するか試せるので、いつも楽しみにしている」



「挑める相手」との対戦。

錦織は初心にかえっていた。

錦織は激しく戦った。フェデラーの弱点といわれるバックハンドを、あの手この手で攻めたてた。ダウンザラインへの攻めも思い切りがよかった。フォアハンドはよく伸び、ショットの組み立てがフェデラーを右往左往させた。その攻勢に、フェデラーの弱気の虫が顔を出す場面もあった(Number誌)



ハイライトは第3セット

錦織はボールをしばきまくった。

猛烈な追い上げで、錦織はフェデラーを追い詰めた。



試合後、その第3セットでの追い上げを錦織は聞かれ

「正直、あまり覚えていない。内容も思い出せないくらい集中していた、と思う」

と答えた。

「類い稀な集中力」。その中に彼はあった。全米オープン1回戦敗退から錦織につきまとっていた「モヤモヤ」は、きれいに晴れていた。

錦織は言う。

「フェデラーとの試合で、モヤモヤは抜けていきました。尊敬するフェデラーと戦った時、失うものは何もなかった。思い切りプレーできて、勝利にあと少しのところまで行けました。だからだと思います」



結果は1-2で敗れた。

それでも確かな手応えをつかんだ試合だった。

試合後、錦織は自信をもってこう言った。

「自分らしいテニスを取り戻せたのは大きい。これだけ追い詰めることができたのは、来年につながる」

フェデラーも錦織のプレーを讃えた。

「ケイは素晴らしかった」



フェデラー戦の錦織は、試合の行方を左右するポイントを奪い、何度か試合の主導権を握りかけた。この手応えが失せることはないはずだ。

「久しぶりに楽しめた一戦」

敗者のこの言葉に飾りはない。

1勝2敗で1次リーグ敗退の成績は昨年におよばなかったが、彼は好感触とともに新しいシーズンを迎えるだろう。フェデラーとの3セットにはそのくらい大きな意味があった。

(Number誌)









(了)






ソース:Number(ナンバー)891号 特集 日本ラグビー新世紀 桜の未来 (Sports Graphic Number(スポーツ・グラフィック ナンバー))
錦織圭「復活への狼煙」



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