「PK戦の前にジュリオ(セザル)が言ったんだ。”今日は3本止める自信がある”と」
ブラジル代表のキャプテン、チアゴ・シウバはそう言った。
自国開催のW杯(2014)。勝たねばならない宿命を背負っていたブラジル代表
ところが決勝トーナメントの初戦、チリを相手に延長戦を戦っても決着がつかず、PK戦にまでもつれ込んでいた。
ブラジルの命運はGK(ゴールキーパー)、ジュリオ・セザルに託された。
「止めたーー! ジュリオ・セザル、止めました!」
「止めたーー! ジュリオ・セザル、また止めました!」
彼は止めた。1度ならず2度までも。チリの第一キッカー、ピニージャ。つづくサンチェスまでがセザルの両腕に阻まれた。
そしてチリ最後のキッカー、ハラ
「はずれたー! ブラジル勝ちました!」
ボールをポストに当てて、ブラジルに勝ちを贈った。
辛くも、首の皮一枚で勝利したブラジル。
主将のチアゴ・シウバは子供のように泣きじゃくり、こう言った。
「ジュリオ(セザル)は4年前のワールドカップを悲しい形で終えていた。誰よりも彼が勝利に値する人だ」
4年前の南アフリカW杯、準々決勝のオランダ相手に痛恨のミス(クリアミス)を犯したジュリオ・セザル。敗退の戦犯とされていた。セザル自身、その責任を重く受け止め、敗戦直後のインタビューでこう語っていた。
「優勝すると信じていたのに、悲しい思いでいっぱいだ。責任は自分がとる」
ブラジル国民は厳しかった。セザルを「二度とセレソン(ブラジル代表)でプレーすべきでない」とまで非難した。
そのときの報復となったチリとのPK戦。ブラジルのエース、ネイマールもセザルを惜しみなく讃えた。いまやセザルこそが国の英雄だった。
「人々はジュリオ(セザル)が小さなクラブでプレーしていると馬鹿にしていた。今日、彼はそんな人たちの口をふさいだんだ」
かつてセザルはイタリアの名門インテルでプレーしていたことがあった。だがあれ以来、彼はその所属クラブを去ることになり、代表からも呼ばれなくなっていた。セザルは11歳の息子を相手に、公園で練習を重ねた。そしてカナダなどのクラブを転々としていた。
それでも、ブラジルの代表監督スコラーリは、セザルを信用し続けていた。
元代表監督のエメルソン・レオンはこう言う。「現役時代にGK(ゴールキーパー)を務めていた私は、経験豊富で分析能力の高いジュリオ・セザルを日頃から最高のGKだと思っていた。だが今年に入ってから、彼に不信感を抱くファンは多かった。今回の勝利は、ずっと彼を信頼して使い続けてきたフェリポン(スコラーリ)の功績でもある」
決勝トーナメント1回戦、ブラジル対チリのマン・オブ・ザ・マッチ(試合における最優秀選手)には、文句なくセザルが選ばれた。
試合後のインタビュー、待っていたのは4年前のW杯と同じインタビューアーだった。
セザルは言った。「4年前、とても傷つき悲しかったときに、あなたにインタビューを受けた。だが、今回は喜びでいっぱいだ。しかし、まだブラジル代表の戦いは終わっていない。優勝まであと3試合ある。また、あなたのインタビューを待っている」
つづく2回戦(準々決勝)
ブラジルはコロンビアを、2対1で下した。
しかし、その代償は大きかった。主将チアゴ・シウバが累積イエローカードで次戦出場停止となり、エース、ネイマールは背骨を骨折して戦列を離れることになった。ブラジルの誇る最強の盾と矛を、次の準決勝、ドイツ戦では欠くことになってしまったのである。
そして悲劇は起こった。
「歴史的屈辱」(『オ・グローボ』紙)
「大虐殺」(『フォーリャ・デ・サンパウロ』紙』)
——試合はあっという間に決着がついた。11分にCK(コーナーキック)からミュラー(ドイツ)が決めると、23分、24分、26分、29分とまさに立て続けにドイツのゴールが決まった。これで前半0対5。スタンドが嘆く暇もなく、ブラジルの決勝進出の可能性は消えてしまった(Number誌)。
——何かすごいものを見てしまった、誰もがそんな表情を浮かべている。辺りはどよめきに包まれていた。1対7。試合終了直前にオスカル(ブラジル)が一矢報いたが、大勢が変わるわけはなかった。ブラジル対ドイツの準決勝は、誰も予想できない結果に終わった(同誌)。
大敗後、ブラジルの選手らはなかなか記者の待つ場所へと姿を現さなかった。
試合終了から1時間20分が経っていた。記者らはただ待ち続けた。
ようやく現れたのはダニエウ・アウベス
「まったく反撃できなかったんだ…」
見たこともない悲しげな表情。いつもより数倍低いトーン。
代表選手の中で、最も批判されたフレッジは
「人生で最悪の試合をしてしまった。この敗戦は、僕らの生涯にずっとついてまわるだろう」と、少しだけ口を開いた。
フェルナンジーニョも呆然としたままだった。
「…言葉すらない。いったい何が悪かったのか、それすら分からないんだ…」
守備の要、主将のチアゴ・シウバは、出場停止でドイツ戦のピッチ上にはなかった。
「自分が出ていたら、こんなことにはならなかった? そんなことは分からない。もしかしたら8、9失点していたかもしれない。6分間に4点…。こんなことはキャリアの中で経験したことがない。なぜこうなったか、説明したいんだけど説明できないんだ…」
そして、90分間で7度もネットを揺らされた「世界で最も不幸なゴールキーパー」、ジュリオ・セザルが重い口を開いた。
「失点のあと、なぜかチームはバランスを失って…。あの8分間…。あれがすべてだ。7失点で負けるっていうのは、普通じゃない。僕は9月に35歳になる。次のワールドカップは難しいだろう。しかし、このチームは若い。若手たちはこれを糧に、4年後に向けて進んでいってほしい」
その目には、屈辱の涙がうかんでいた。それでもセザルはまだ気丈であった。記者に対して、誰よりも長く話した。
あまりの衝撃に言葉を失っていた若手連中らとは異なり、このベテランGK(ゴールキーパー)ばかりはすべてを受け止めようとしていたかのようであった。
最後の戦いとなった、オランダとの3位決定戦。
ブラジルはまたしても完敗(0対3)。
王国の傷口には、さらなる塩が塗り込められた。
白は一夜にして黒に変わりうる。
いったい誰が、ブラジルの国歌斉唱にブーイングが浴びせられることを予期できたであろうか…
(了)
ソース:Number(ナンバー) ベスト8速報
ブラジル「王国復権への苦しみ」
「歴史的敗戦をセレソンはどう語ったか。それぞれの傷」
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