2013年5月11日土曜日

ついにやった! 佐藤琢磨、インディ初優勝




「本当にうれしい! 信じられない!

 勝てる時って、本当にあっさり勝てるものなんですね(笑)」

ウイニング・パレードのバンに乗り込んだ「佐藤琢磨(さとう・たくま)」は、その喜びを爆発させていた。



4月21日、ロングビーチ(アメリカ)で行われたインディカー・シリーズ第3戦。

佐藤琢磨は見事、優勝。

「自身のインディカー初優勝にとどまらず、日本人として、アメリカ・オープンホイールレースの最高峰で初勝利という快挙だった(Number誌)」



元はF1レーサーだった佐藤琢磨。

2002年にデビューし、2004年にはアメリカGPで第3位という栄光に輝いている(過去日本人最高位タイ)。

だがその後、顕著な活躍の少なくなった琢磨は、2008年のスーパーアグリ撤退とともに、F1のシートを喪失した…。



2010年、心機一転。佐藤琢磨は新天地アメリカで、インディカー・シリーズに参戦。

だが初年度、「学ぶことが多すぎた」と彼自身が言うほどに苦戦し、最高位は9位という低迷ぶりだった。



「Takuma Sato」の名前を鮮烈に印象づけたのは、昨年(2012)のインディ500での最終ラップ。

「琢磨は最終ラップまで首位を争い、1コーナーでトップを行くダリオ・フランキッティのインに飛び込むも、スピン。レースを失った(Number誌)」



「愚かだが、最も勇敢なチャレンジ」

佐藤琢磨の失敗を恐れぬ果敢なアタックは、アメリカのファンを一発で魅了した。

「アメリカン・ドリームを体現するインディ・ファンは、琢磨のアタックに盛大な拍手を送った(Number誌)」



このあと、琢磨はエドモントンでも2位。

「いつ勝ってもおかしくないドライバー」と言われるようになっていた。

そして琢磨自身、「本当に勝つ条件が整った時に、ボクは必ず勝ちます」と自信をみなぎらせていた。



「アイツが欲しい。アイツをウチの車に乗せよう」

そんな熱烈なラブコールが、伝説のアメリカン・レーサー「AJフォイト」から琢磨に送られてきた。

そして実現した、今年のAJフォイトへの移籍。「移籍後、琢磨の速さがより顕著になり、安定したものになる(Number誌)」。



アメリカでの3年間の経験とともに、いよいよ「勝つ条件」が整ってきた琢磨。

「すべてのピースがはまった」というのが第3戦ロングビーチ。

「予選4番手という好位置からのスタート。タイヤ選び、燃費などのレース戦略、ピット作業…、すべてが決まり、琢磨とAJフォイトのチームは、80周のレースを完璧に終えた(Number誌)」



トップで戻って来た琢磨は、身体中から喜びがあふれていた。

「コックピットの上で仁王立ちとなって、青空に大きく日の丸を掲げた(Number誌)」

琢磨が、日本人初のウイナーになったのだ…!



「本当に長いこと、お待たせしました…」

レース後、佐藤琢磨は記者団の前で、そうおどけて微笑んだ。







(了)






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ソース:Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2013年 5/23号 [雑誌]
「佐藤琢磨、インディ初V ピースが揃った80周」

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