2013年8月4日日曜日

「こけの一念、岩をも通す」 化石のようなスパーズ一家 [バスケNBA]



「101回目に叩いたときに岩が2つに割れても、それは最後の1回によって割れたわけではない。その前に叩いていたからこそ、割れたのだ」

アメリカ・プロバスケNBA「スパーズ」のポポビッチ監督はそう語る。



「Pounding the Rock(岩を叩き続ける)」

ロッカールームの壁に掲げられたこの言葉は、ポポビッチ監督が'90年代からずっとチームのモットーとしてきたものである。

元はニューヨークのジャーナリスト「ジェイコブ・リース」の名言であり、結果が見えなくても努力し続け、積み重ねることの大切さを、「大きな岩を叩き続ける石切職人」の話に喩えて語ったものだった。



ポポビッチ監督は「凡庸なことは大嫌い」であり、「どのロッカールームにもあるような馬鹿げた言葉にはうんざりしていた」と話す。

だが、この「Pounding the Rock(岩を叩き続ける)」という言葉ばかりは、他の「馬鹿げた言葉」とは違い「選手たちに考えさせることができる」と思ったのだという。






知識欲があり読書家のポポビッチ監督は、空軍士官学校を出てスパイのトレーニングを受けたこともある「いろいろな顔をもつ人物」である。

ワイン好きが高じて、自宅には3,000本ものワインを所蔵すると同時に、ワイン専門店の共同経営者でもある。



記者会見ではいつも苦虫を噛み潰したような顔をしているポポビッチ監督。彼は「スパーズ」の選手たちに多くを要求し、厳しく接する。

だが、ポポビッチ監督にとって選手たちは単なる戦略の駒ではなく、チームは単にコート上で結果を出すだけの集団ではない。

Number誌「全員が家族であるかのように大事にする。個々の選手が育ってきた環境や性格を理解して、家族のような信頼関係を築くのがポポビッチ流のやり方なのだ」



ポポビッチ監督をスパーズ家の「父」とすれば、その長兄は「ダンカン」。

チーム最年長選手であるダンカンは、30代後半に入ってなお、いまだに高いレベルでプレーを続けている「スパーズBIG3」の筆頭である。ファイナルMVP3回、シーズンMVP3回を誇る「史上最高のパワー・フォワード」。攻守ともに隙のないチームの大黒柱だ。

以前、ダンカンとの関係についてポポビッチ監督はこんなことを言っていた。「バスケットボールの関係だけでは長くは続かない。年月が経つにつれ、お互いに飽き飽きし、うんざりしてしまうんだ。そんなとき、親密な関係を築いていれば、言葉を交わさなくてもお互いを理解し合える」

家族のような「親密な関係」を築くポポビッチ流は、海外から来た選手を相手にその国の文学や政治の話をすることもあるという。








そんな「家族」は、そうそう入れ替わるものではない。

Number誌「他チームではヘッドコーチが次々に入れ替わり、キャリアを通して一つのチームで終える選手が減っている今、スパーズだけはそんな変化とは無縁だった」

ポポビッチ監督は1996年の就任以来、今年で18年目。ダンカンを筆頭とする「スパーズBIG3」は10年以上も不動のメンバーである(結成11年目)。



Number誌「スパーズは、目まぐるしく変化するNBAの中で、ある意味、『化石のようなチーム』だ」

選手にもコーチにも変化が少ないスパーズを、世間は「退屈なチームだ」とも言う。こうした評価は、「凡庸なことが大嫌い」というポポビッチ監督にとっては全く皮肉なことである。



だが、投資の神さまウォーレン・バフェットが言ったように、「並外れた結果(extraordinary results)を出すのに、並外れたことをやる必要はない。ただ、普通のこと(the ordinary)を並外れて行うだけでよい」のかもしれない。

ポポビッチ監督のキャリア17年間のうち、なんと「16季連続」でプレイオフに進出し、「4度の優勝」に輝いている。

変化のない「化石のような退屈なチーム」スパーズは、岩のような堅固な強さを維持しながら、激動のNBAで勝利を積み重ね続けているのである。2007年を最後に優勝からは遠ざかっているものの、その勝率は6割以上という高い数字を誇っている。






今季(2013)のファイナル、スパーズは「6年ぶりの優勝」を目前としていた。

MVP男レブロン・ジェームズを筆頭とする昨季の王者「マイアミ・ヒート」に対して、互角以上に戦い続け、王者を敗者の淵まで何度も追い詰めたのだ。



「あと28.2秒で優勝」という第6戦、その時点でスパーズは5点もリードしており優勝は手のうちにあるように思えた。事実、ヒートのファン数百人は早々に諦め、試合終了を待たずに会場を後にしたほどだった。だが、なんとなんと、ファンたちよりもずっと諦めの悪いヒートの選手たちは、その絶体絶命から同点に追いつき、延長線をものにしてしまうのである。

シリーズ3勝3敗で迎えた第7戦。スパーズは最後に珍しく脆い一面を見せてしまう。終盤まで競りながらも、勝負どころでダンカンのシュートが決まらない。「ディフェンスに戻ったダンカンは、珍しく感情を露わにし、床を叩いて悔しがった(Number誌)」。

結果は「88 - 95」。スパーズは「手のすぐ先にあった優勝」を取り逃がしてしまった。あと一歩及ばず、スパーズのシーズンは終わったのであった…。






ポポビッチ監督は試合後、痛む心のままに「また、このチームでやってみるよ」と、しっかり言った。

スパーズ家の長兄ダンカンには、すでに引退が近づいている。ポポビッチ監督が18年前の就任後、すぐにドラフト1位で指名したのがダンカンであった。

ダンカンにあと何回優勝のチャンスがあるのかは分からない。だが、彼は現役続行の意思を表明した。

「優勝できるかどうかはわからないけれど、最大限の努力はする。それは確かだ」



「Pounding the Rock(岩を叩き続ける)」

このロッカールームの言葉は揺るがない。

「こけの一念、岩をも通す」

叩き続ける限り、いつか岩の割れる日は来るはずだ。少なくとも、スパーズ一家はそう信じ続けている。













(了)






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ソース:Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2013年 7/25号 [雑誌]
「一念岩をも通す サンアントニオ・スパーズ」

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