2013年6月21日金曜日

サッカー・コンフェデ杯。その裏風景 [ブラジル]




「僕が『貧しい生まれ』だということを忘れることはないよ」

そう言うのは、サッカー・ブラジル代表の「フッキ」。

彼はかつて日本のJリーグでもプレーしたことのある選手で、今はロシア・プレミアリーグのゼニト・サンクトペテルブルクに所属する。



いまは「社会的に恵まれた立場」にいるそのフッキも、生まれは「貧困地域」だった。

フッキは言う、「彼らの抗議は正しい。彼らが訴えていること、彼らが求めているものは、正しい方向に向いていると思う」と。



フッキの言う「彼ら」とは、現在ブラジルで開催されているサッカー・コンフェデレーションズ・カップに「反対デモ抗議」をする人々のことだ。

ブラジルの公共料金値上げに端を発したそれら一連のデモ抗議は、数十万人の「恵まれない人々」の心へと飛び火し、ブラジルでは「ここ20年間で最大のデモ活動」となっている。






◎カネのかかりすぎるサッカー大会



ブラジルでは、今回のコンフェデ杯に続き、来年にはサッカーW杯、そして夏季オリンピッックも今後予定されている。そうした世界的なビッグイベントには多額の税金が注ぎ込まれているため、デモ参加者らは、それに疑問を呈するのである。

ブラジル政府の閣僚たちは、サッカーW杯とオリンピッックの開催は「合計で360万人分の雇用を生み、2019年まで年間0.4%のGDP(国内総生産)拡大に貢献する」と説明している(その試算はアーンスト・アンド・ヤング社による)。



サンパウロのホテルで月間3,000レアル(約12万9,000円)で働くボルサネリさんは、サッカーが大好きなブラジル人。今回、コンフェデ杯を観戦するため、チケット代と交通費に800レアル(約3万4,000円)を喜んで支払った。

だが、ブラジルではインフレで物価が上昇しているため、来年のサッカーW杯のチケットや交通費はもっとずっと高いものとなり、「大半のブラジル人には手が届かなくなるのではないか」とボルサネリさんは心配する。



「ブラジルは、W杯におカネをかけ過ぎているんだよ。まだ、水や生活必需品が手に入らない貧しい人が大勢いるというのに…」

ボルサネリさんは、ブラジル人の中では裕福な層に入る。ブラジルの最低賃金は月額3万円未満。ボルサネリさんが今回のコンフェデ杯観戦に費やした金額とほぼ同額だ。



現在、W杯に向けたブラジルの建設工事は、その遅れのせいでスタジアムの建設費などが膨れ上がってしまっている。12カ所造られるというスタジアムの一部に関しては、W杯後の利用に懐疑的な見方も出ている。

ブラジルのスポーツ相、アルド・レベロ氏は、「一部のスタジアムは予算をオーバーするかもしれない。だが、ブラジルは金融が安定しており、投資先という点では世界で極めて重要な存在だ」と話している。






◎大会直前



コンフェデ杯の開幕直前、建設中のスタジアムでは、日本とブラジルの公開練習が行われていた。日本が冒頭15分間しかメディアに公開しなかったのに対し、ブラジル代表は練習のすべてを公開した。

「彼らは泣く子も黙るセレソン(ブラジル選抜選手)。『おれたちのチョキには、おまえのグーじゃ勝てないんだよ』という絶対的な自信があるからだ(近藤篤)」



そのセレソンたちの練習を眺めるヘルメット姿の建設作業員たち。仕事をサボって眺めていた。いや、眺めているだけではない、しきりに野次を飛ばしてくる。

「ちゃんと決めろよ!」

シュート練習でミスを連発していたCF(センターフォワード)のフレッジが、土木作業員のオッさんらの槍玉に上げられていた。

「よう、フレッジ、オレの方が上手いんじゃねえか?」

日本人ならば絶対に代表選手たちにそんな軽口は叩かないだろう。だが、ここはブラジル。サッカーがどこにでも溶け込んでおり、それは特別な何かではない。



「ナガモトって、どいつだ?」

遠慮ないオッさんらは、初めて見るであろう日本代表にも興味深々(ナガモトではなく、ナガ"トモ"だが…)。

「ジャボネス(日本人)、まあがんばれよ!」






◎開幕



貧富の格差が広がりゆく中で、いよいよ幕を開けたサッカー・コンフェデ杯。

その開幕最初のブラジル vs 日本の試合に合わせて、スタジアムの外では1,000人ほどのデモ隊が押し寄せ、機動隊と一触即発の睨み合いを続けていた。

「サッカーに使うカネがあったら、教育に回せ!」

「サッカーは、空腹の解決にはならない!」



そう大声で叫ぶ一人の若者。その彼の挑発に激昂した機動隊が、若者の顔に向かって「催涙スプレー」を噴射する。

その噴射をモロに顔面に食らったその若者は、地面に転がり回って悶絶する。

ブラジルが日本ゴールにシュートを打ち込んでいるその間も、機動隊は容赦なくデモ隊に「催涙ガス」と「ゴム弾」を撃ち込んでいた。



ブラジルが日本相手に快勝した試合後、フッキこう語っている。

「彼ら(デモ隊)の言っていることに耳を傾けなければならない。彼らは真実を語っているのだから」と。



そういえば、フッキは日本が大震災と大津波に見舞われた時も、心を痛めていた。

その当時、ポルトガルでプレーしていたフッキは、試合でPKを決めた後、そのゴールを喜ぶわけでもなく静かにテレビ・カメラに歩み寄ると「日本、私の心は泣いている。われわれは皆さんとともにある。ともに闘おう」と日本にメッセージを送っていた。

先にも少し書いたように、フッキは19歳の頃に日本のJリーグに参戦し、川崎フロンターレ、コンサドーレ札幌、東京ヴェルディなどでプレーした経験がある。






◎レッド・カード



現在開催中のコンフェデレーションズ・カップと来年のサッカーW杯には、合わせて約150億ドル(約1兆5,000億円)の支出が見込まれている。

サッカーにそうした大金が注ぎ込まれる一方で、ブラジルの福祉事業(社会保険や教育)には「あまりにも少額の予算」しか割り当てられていない。

全力で拡大を続ける貧富の二極化。それに対する民衆の怒り。



「人権を侵害するサッカー大会に『レッド・カード』を!」

あるホームレスの抗議者たちは、古タイヤの山に火をつけ、そのもうもうと立ち上がる黒い煙の中から、抗議の声を鳴り響かせていた。

彼らは居場所にしてたスペースが、来年のW杯のための用地として収奪されたのだという。



そうした弱者たちの声が全土に鳴り響く中、日本vsイタリア戦の前日(6月19日)、デモの発端となった「バスや電車などの公共料金の値上げ」が撤回された。

サンパウロ州では、電車・バスの運賃が現在の3.2レアル(約140円)から、3レアル(約130円)に戻る。



たかだか「10円」と思うなかれ。ブラジルの最低賃金は月額3万円未満。公共料金の値上げは多くの国民にとって大きな負担となる。そして、その値上げは天井知らずに続いていくかもしれないのだ。

とりわけ若年層にとっては、ほとんどブラジルの経済成長の恩恵は感じられていない。ただ物価が上昇して暮らしにくくなっただけだ。






◎「たった10円」以上



「運賃の値上げ撤回」は、デモ側にとって大きな勝利だった。

だが哀しいかな。すでにデモはその発端の場所から大きく飛び火し、その値上げ撤回だけでは収まりのつかぬところまで歩を進めていた。

「運賃値上げは撤回された。しかし、誰がデモをやめると言った?」

「バスの値上げ幅は、たった20センターボ(約10円)だったが、これは『たった20センターボ』以上の問題だ!」



ソーシャルメディア上でデモの参加を表明した人は、これまで全国80都市で100万人以上に膨れ上がっており、もはや収束の兆しすら見えない。

むしろ、現在熱戦が繰り広げられているサッカー・コンフェデ杯の決勝戦へ向けて、サッカー・サポーターたちとは別の盛り上がりを見せている。

意気軒昂と燃え上がるデモ隊は、コンフェデ杯が決勝戦を迎える6月30日に向け、着々と「大規模なデモ」を計画し、その準備を整えつつある。






◎サッカー王国の民



一方、スタジアム内のブラジル人サポーターたちは、世界大会がブラジルで開催されることを純粋に喜んでいる。

ブラジル代表は日本に続き、メキシコをも撃破。早々に準決勝進出へ王手をかけた。

その試合を彩ったのは、新たなブラジルの至宝「ネイマール」。1得点1アシスト、すべての得点に絡む期待通りの活躍を魅せてくれた。



その試合内容もさることながら、試合の審判を務めていたイギリス人ハワード・ウェブ氏は、試合前の「国歌斉唱」にサッカー王国の民の心を知ったという。

「試合前の国歌斉唱の際、ブラジルのサポーターと選手たちは、音楽がスピーカーから止んだ後も、自然と国家をアカペラで歌い続け、スタジアムは情緒的な空気に包まれた(AFP通信)」



その様に心動かされたイギリス人のウェブ氏、「こんなことが起こるのを、未だかつて見たことがない。音楽が止まっても人々が歌い続けるなんて…!」と驚きを隠せない。

その話を聞いたブラジル代表のスコラーリ監督、「イギリス人がそんなことを言うとは、よほどのことだよ」とのコメントを寄せている。



良くも悪くも、熱いブラジル。

サッカーも強ければ、デモの反対も屈強である。



さまざまな感情渦巻くスタジアム内外は今、

悲喜こもごもの異様な盛り上がりを見せつつある…。













(了)






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ソース:
Financial Times「ブラジル、W杯のお祝いムードに水を差す経済問題」
Number「催涙スプレーと鈍かったセレソン」


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